2021年9月22日水曜日

一日の終わりに:2021/6/27

 

持病のために、ひどい不眠症の症状で長年、面倒な思いをさせられている。

ひどい不眠症と書いたが、ただの所謂 ”眠れないひと” ではない。
脳が起きっぱなしで、強制的に薬でも使って寝かせないと全く睡魔が来ない。
精神医学では、人間4日も不眠で居ると幻覚や妄想が起きてきて正常な状態では居られなくなると言われているが、困ったことにそういった症状もなく、ただただ目が覚めていて、難や勘弥と集中力が途切れてはくれない。

身体が起き上がっていられない、と反応して、
身体中の筋肉が次々につりだす。
脚がつる。
背中がつる。
指が、顔が、首が…と、兎に角猛烈に引きちぎれそうなくらいにつる。

そうまでなっても尚、一旦横になっても、目を瞑っても眠りはしない。


これが夢中になって何かをやっている、やっていないに限らずだから始末が悪い。

非24時間睡眠覚醒症候群 というものがあるらしい。
この文章中に、慢性疲労症候群と書かれた部分がある。
同一ではないと書かれてるが、私の場合どちらかと言えば、毎日時間がズレて行って挙げ句には夕方になったら入眠する事態まで狂って行くのを繰り返している。
それはまるで、月が出る沈む周期のようだと感じてきた。


この先、何が起こるのか

待っているのは、脳過労死状態。

身体が悲鳴を挙げても脳は(あくまで脳機能)狂ったままで、自分の身に起きていることを正常に認識出来ず、脳がどうなっているかなんて解りもしない訳で、脳自体が過労死に陥って行く。


脳が壊れてしまうことは、精神を崩壊させることよりも最悪な事態になる。
それは、言うなれば脳の破滅を防ぐために精神崩壊を敢えて肉体(脳神経)がさせているもので、逆に精神崩壊が起こらなければ脳と肉体の両方が一遍に壊れてしまう仕組みがある。

故に精神的不調や肉体的不調は脳が悲鳴を挙げている状態だから、その時点で強制的に安静にするよう自制や周囲が対処すべきなくらい危険が迫っていると考えた方が良い。


現に私は何回も過労死寸前を経験してきた。

だから薬で強制的にシャットダウンさせるのも仕方ないと、よく理解している。


何故そうなるのか?

中枢神経に神経障害を引き起こす持病は、正にこれだ。
睡眠訓練をいくらしても、朝陽を浴びるような高度照射療法を訓練しても、何をしても無駄だった。

非24h睡眠覚醒症候群に書いてある通り、何時間周期の睡眠覚醒リズムの体内時計なのか全く分からない。
48hを超えて覚醒したままなのは異常だ。

15h寝て、15h起きていると多少体調は良いこともある。
よく自覚しているのは、15h起きていないと、いくら睡眠薬を飲んでも眠くはならないという点。

30h周期ということか?

だとしたら、6時間もオーバーして1日を生きている。
この辺の計算を昔、徹底的にして頭がパンクしそうになった。

それでも最低6時間は寝て、最低15時間は起きているのは間違いない。


有り難いのは、犬の存在

うちの犬は2回食で育てた。
朝5時と夕方5時がゴハン。
夜中2時か3時に小腹が空いて、ボーロのオヤツ。
元々オヤツをどのタイミングであげれば良いのか分からず、胆泥症の薬のウルソをあげるのに、苦くて飲むのが辛そうだったから口直しに『褒美』と言ってあげだした。
私が忘れるから、寝る前に。そうしたのがきっかけだった。


12時間
それが私のひとつの覚醒リズムを作っている。

ただ、朝5時にゴハンをあげてから私は寝る。
夕方は自然と目が覚められるからゴハンをあげられる。

ゴハンをあげてからじゃないと眠れない、薬を飲めない。
それが本当はつらい。

疲れて眠りたいと思っても、それが夜の2時や3時となると、2時間後には起きなければならず、薬を飲んでしまっては中途覚醒でまた眠れなくなって朦朧としてしまう。

本当なら10時頃に薬を飲んで眠れたら、ちょうど良いのにと思うが、どうやっても ”今日中に” は寝られない。

結局、今日眠って、今日起きる。
この生活がずっと続いてる。

周りからの批難を浴びないように、朝起きている。
そして夕方も起きている。
その途中で12時間寝ているのに、私を知らない人間は「なんだ、昼間起きてるんだ」と思い込んで、無意味な安心感と妙な納得をしている。


馬鹿げた工作をしてまで欺くような睡眠の仕方を何故しなきゃいけないんだろう。

それだけ世の中と同じリズムで生きられない事を批難されてきた証拠。

誰に心配される訳でもなく、誰かの邪魔になるでもなく、この世に存在していることすら無意味な生活をしているのに、外面を気にしなければならないのがもっと無意味だと思う。

具合が悪くて寝込んでいたとしても誰も知らない。
激痛で苦しんで15時間を七転八倒していても、単に寝るタイミングがズレただけであっても、カーテンが閉まっている理由を誰も聞きはしないのに、素知らぬ振りで生活する。


一日の終わりに思うこと

犬とベッドに横になる。
添い寝をしてくれる犬に、
「嗚呼、今日も何もない平和な一日で良かったねぇ」
そう言う。

本当に私にとって何もない一日というのは、
痛みで苦しまなかった日という意味。


それだけしかない。

痛いか、痛くないか

ただ、それだけで一日が終わってしまう。

それがなければ平和な何もない一日。


生きにくさ
人間関係
仕事
家庭


そのどれも私にとっては大したことではない。
病気の苦痛
それだけが私の人生を縛り付けている。


起きたのは昨日の夕方5時頃
今は朝の9時半頃

一体、何時間起きているのだろう
一体、昨日起きてから何をして今の時間まで起きていたのだろう

この人生いつまで続くのだろう…

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