※これは実際に起こった脳過労死しそうになった体験です※
この記事を公開することで、何の意味があるのか?
何の役に立つのか?
自分を暴露する事で何が得られて、何を失うのか?
何もよく理解は出来ていないが、過労死で家族を失った人や、自分が同じような体験をしたという誰かに、この告白のような記事で、『過労死』を招く実態の成り行きを少しでも知って頂けたら、救いになるのではないかと思った。
まず、これは間違いだった。これが間違いの元だった。
過労死を防ぐために
仕事以外の人間関係を作る方が良い。
無駄な用事を作った方が良い。
サボることをわざとした方が良い。
誰かに仕事するのを嫌がられた方が良い。
それがストッパーになる。
承認欲求よりも大切なのは、あなたと遊ぶと楽しいと思われる重要感だ。
止まれない脳の持ち主は、すべてに於いて全力投球してしまう。
遊ぶことすら暴飲暴食のようにしてしまう。
その気質を自覚しておくこと
それが一番、自分や周りの人間を守ることになるのを決して忘れてはいけないと感じた。
2020/9/13以降に起きた状態
恐らく自分でも過労死を予感していたから、その記事を書いたのだろうと思う。
第一段階9/20:パーンと脳がキレた。
決して感情がキレたのではない。
起こるべくして起きた『もう耐えきれない』事態が起きたのは確かだが、普段通りの思考なら行動の仕方が、まず違っていただろう。
全ての物事を排除したくて、でも排除出来ない社会的立場や体裁がある後先を考えて、じっと部屋に籠った。
何とか堪えよう、やり過ごそう、考えないようにしよう。
そう思って、思考停止させるために呑めなくなっていた酒を頑張って飲んだ。
煽るように飲もうとしても、今更入って行かず、たった3杯の焼酎の生(き:ストレート)しか飲めなかった。
飲んでも正気は狂わず、消えて行かない。
ドンドンと冴えてきて、余計に思考力が働く。
これは一種のアルコールによるアセトアルデヒド覚醒だ。
時間が経てば効いて来て眠くなるだろうと待っていた。
回って来た途端に、ふーーっと、
「よし、もう死んでしまおう!」と行動に出た。
ところが、思考の感覚が鈍って居らず、敏感になっていて、
「嗚呼これじゃ無理だ」
そう察して、1時間もすれば眠ってしまうから、もう寝てしまおうと布団に潜った。
眠れた。
そこへ家族の歩く物音がして、朝7時ガバッと突然目が覚めた。
そこでパーン!と、脳内破裂音がしたような感覚でキレた。
根本的解決
根元、動機を絶てば良いんだ。
それが引き金になって昨晩のような事にまでなったんだ。
そうして、根元を絶つ行動を起こした。
それはそれで、まあ良かろう。
問題は、ここから脳の過労死までの道のりが始まってしまった。
それから何故か、一つ断ち切った筈なのに、隙間を埋めるかのように、もう一方の継続的になっていた無理を上塗りする状態が更に倍増して、連日連夜、怒濤のような毎日が始まってしまった。
それが冒頭に間違ってると引用マーカーで記した部分のことだ。
全てが逆効果だった。
全てが裏目に出た。
全てが、過労死へと導いてしまう行動に繋がっていた。
9/29:一旦距離を置きたい
そう申し出て発展した悪循環を断ち切ろうとした。
……が、相手には歯止めが効かず、ドンドン押し迫られてしまった。
それは思い当たる節があれど、『何もそこまでしなくても』という、フツーの人、健康な人が考えることなのは理解できる。
相手には相手の思いやペースがあって、だった。
それに付き合える状態ではないくらいの異常事態が解っているのは自分だけだった。
それを説明して聞いて理解してもらえる余裕は、相手には無かった。
迫る過労死までのカウントダウン
一旦は、『分かりました』と返事が来たものの、納得がどうしても行かないのか、翌日から送られてくるメールのラッシュ。
相手して返信しても、しても、相手の言い分は押し付けて来る一方、キリが付かない。
いつまでも止まらない受信。
とうとう、相手の気に入るセリフで「分かったよ」の雰囲気を伝えたら、ようやく止まった。
そこで私の疲れ果てた脳は、逃れる準備へと向かった。
10/4:その時が来た日
朝から、いつも通りの習慣の時を過ごしつつ、日暮れどきを待っていた。
必要な最後の荷物をカバンに入れて、手紙を書いて、準備して、
「じゃあね。ちょっと出てくる」と家族に声を掛け、何事もないかのように犬と家を出た。
行きたい場所に真っ直ぐ向かった。
一人、犬とボーッと静かな誰の目にも止まらない場所で、空を眺めていた。
独り言で、ある人に向かって話しかけていた。
実行する手段は決まっている。
ただ、あの世とこの世
この世の未練
後先
色々と考えては居ても心は決まっていて、待っていた考えていたのは、自分を踏み留まらせる方法だった。
たった一言を待っていた。
もう良いんだよ
それが聞きたかっただけ。
でも逆の展開へ。
留まらせる処か、背中を押してしまう一言を投げ掛けられ、
それがトリガーになってしまった。
あれよあれよという間に、
一瞬にして、正に ”土壇場” に立たされた。
その後
土壇場からの経緯は書かない。
人生で初めて『ドクターストップ』をされた。
一連の事情を淡々と説明し、兎に角仕事と実験だけでも時間が足りないくらいに、寝ても覚めても、ずっと3ヶ月間不眠不休だったこと。
そこへ親密に迫って来られた他人との問題、生活上のこと。
すべてが24時間、私を休ませてはくれない状況に押し迫られていたこと。
盆休みでありながら、取引先はカレンダー通りだから…と、自分が早く聞きたいだけでメールの返信をくれという催促。
盆明けから一体どれだけの他人の言い分に振り回されてしまったのか。
一言「オーバーワークなんです」
「兎に角、ラッシュ。それで脳が思考の疲労の果てに過労死を引き起こした」
「自分で、このままだと過労死する危機感を持っていたけど、周りが止まらせてはくれなかった」
それで、つじつまが合って、ドクターストップになった。
強制入院もなければ、処方もしない。
家でゆっくり休んで下さいね。
もし次にこういう事があったら、あなたが死んでしまうか、入院になりますから注意して下さい。
ご自分が一番よく解ってらっしゃる。
仰る通り、持病だけでも動くのが大変なのに、その持病が引き金で脳が疲れ果ててしまった結果ですから、精神科的問題ではありません。
そう言われた。
いつも疑われてきた。
躁鬱で躁転してるんじゃないか?
精神病気質があるんじゃないか?
パーソナリティー障害なんじゃないか?
自閉症スペクトラムの方向があるんじゃないか?
うつ病じゃないか?
初対面の医者が、私を決めつけ、間違った診断や間違った処方をどれだけして来ただろう。
でも、この時の初対面の医者が、私は『精神病ではない』事を全員の前でハッキリと証明してくれた。
解放された疑いの目
私のしている勉強や研究、仕事は高い専門性のある物で、少しかじった程度では語れない。
ましてや説明しても、相手に理解するだけの知識がなければ通じない。
それは専門用語も業界用語も一切使わなかったとしても、まず”理屈”が解らず、仕組みも全く分からないくらいに、ほとんどの人にはチンプンカンプンなのは、私自身が解っている。
ともすれば『妄想と虚言』と受け取られたりもする。
要するに、肩書きと名刺がモノを言う社会だからだ。
でも、この時の医者には、私の説明する理論立った ”プレゼン” のような会話が理解出来たようだった。
全く根拠のない絵空事ではない、『志』それを理解してもらえたのだろう。
周りが ”信じる” 色眼鏡に変わった。
でも、身体と脳、精神がボロボロ。
かろうじて救いは、精神が崩壊しなかったことだ。
だからこそ、尚更まだ止まれない脳を止めようと自分でコントロールする訓練をしている。
『止まれない脳』の持ち主は、一人で居るのが良い。
一切を遮断してしまっている、世間で言うなれば ”変人” で居る方が身のためだ。
視覚から入ってくる情報が、聴覚と連動して、3D、4D映画館のように360℃方向、すべてのものが頭に入って来てしまう。
疎かに出来ない、取捨選択が出来ない。
記憶の神殿
それを何かしらで見聞きした事がある人も居るだろう。
私の脳には、それがある。
すべての記憶が蓄積、積算型で消せない。
短期記憶障害があっても、何故か長期記憶は必要なときに引き出して来れてしまう。まるで整然とファイリングされた辞書のように。
短期記憶障害もぜんぶという訳ではない。
それを取捨選択しているだけで、振り分けて適度に消去したかのようにして、誰か他者やデバイス、メモに記憶(メモリー)しておく事でそれを ”しおり” の代わりにしているに過ぎない。
そうやって脳過労死を防止して来た。
何も特殊能力な訳ではなく、これは誰でも持っている脳だと私は思う。
よく『その事は私の辞書にはない』と言うでしょう。
過労死し掛かったら、通常の活動に戻るには相当な時間が掛かる
それを忘れない方が良い。
薬で鎮静化させるのも良いだろう。
しかし、それも逆効果だと経験上アドバイスしておく。
鎮静剤は、もっと『考えたい衝動』を呼び起こし、悪化する。
脳過労死の治療は、
何もしないこと。
それに限る。
テレビも消す。
電気も不快感を感じたら消す。
生活雑音を減らす。
そして、家族との会話すら減らしてしまう。
家族の何気ない声や会話すら、記憶して分析しなければいけない物事のように過敏・過剰反応してしまう。
要するに、死にそうになった脳は、そういう反応をしてしまう。
沈黙の世界を適度に、外界のストレスと共存しながら保持する訓練しか解決する手立てはない。
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