低気圧や寒暖差、季節の変わり目があると、ぐうっと体調がかなり落ち込む。
まだ、もう少し若かった10年くらい前まで、つい最近までは抗って
「何とかしよう」と、今考えれば無駄な抵抗をしていた。
この三年くらいになって
ようやく、コテンパンな思いをさせられたせいか、”調子に合わせて”その時やれることを少しだけやるようにして、随分と自分を大切にいたわる方法を習得出来るようになってきた。
元々やる気満々、人一倍の努力、これでもか!という挑戦者気質と貧乏性だったから、果てるまで加減をしなかった。
それがダメなんだよねぇ。
勉強も仕事も好きだから苦にならない。
そのコントロールが難しかった。
やる気があるから動いてしまう。
だけど、工夫することを覚えた。
ベッドの上に居ても出来ること
それを探して、編み物をしていた。
そして出会った編み機の挑戦
以前から、いつかはやってみたいという、その気持ちを忘れなかった。
いま記事をマガジンにして書き始めているが、これが結構、頭を使う。
一工程できては、写真を録り、また次の工程をする。
あれ?どこまで、いま何をやってたんだっけ?
記憶を辿る。
短期記憶障害もどこへやら……
ゆっくりと辿れば思い出して、編みながら
「この工程が出来たら写真撮るの忘れないようにしなきゃ」
編んでいるだけでも記憶しつつ、やって行かなきゃならないのに、あれもこれも忘れちゃいけない。
お陰で頭の使い方までリハビリになっている。
疲れたら、キリの良いところで休む
ここで無理をして深追いすると必ず記憶が混乱して失敗する。
一種の作業療法と認知行動療法を自分で実践している訳だ。
長年の自分を思うように動かせない悔しさから習得した実績とも言える。
やりたい!と思う好奇心や思いから、やれるようにするための知恵と工夫だ。
こういう事を本来なら、報酬を得ている ”専門家” が指導や支援をしてするものなのに、未だに解っていない医者と療法士が多い。
だから決して可能性を自分で諦めないことが大切
よく『自分で限界を決めるな』なんて聞くけれど、それは、訓練を宛がおうとする他者が言うものじゃなくて、自分が望んで課すことば。
どんなに苦しくてもツラくても、必ず自分が諦めなければ
道は開ける。
頑張らんで良い、やれることだけやって寝てろ
そう言った医者は、私のQOLを阻害し、可能性を否定や不可能にしてきただけ。
どんな人でも、頑張らなきゃ何も得られない。
鉛のようにのし掛かる激痛と全身の疲労困憊があっても、
頑張って歩いて、わざわざ犬とお散歩バッグを持って毎週行くゴミ捨てでも、夜空の星がキラキラ見れたり、暑さ寒さの風で世の中の空気に触れられる。
「楽しいねぇ~」
「ゴミぽいぽい、行けたねぇ」
と、世間一般の行動が味わえるのだから、ガンバる価値がある。
編み機の挑戦
毎日毎日、寝ても覚めても、夢も見て、コツコツと楽しい。
自分が挑戦者で良かった
そう改めて、また実感出来た。
握力低下、全身筋肉痛、全身倦怠感、硬直、頭痛の激痛、、、
手が震えて動かせない
そんな 『不定愁訴』も相変わらず。
それでも、いまの私は多少なり
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