事の発端は、自分に処方された薬の飲み方がよく理解出来ないことから始まった。
国立がんセンターのホームページをじっくり読んだ。
主にモルヒネの投与に関して書かれてあったが、そもそも癌性疼痛とはどういう状態なのか?と思い、次にそれを調べて読んだ。
そして、その治療薬にも段階があり、投与する薬剤の性質や種類、併用する種類など組み合わせ等々をじっくり読んだ。
最後に自分が処方された薬剤そのものを読んだ。
文献なので、とても難しい部分もあるが、理屈と理論がきちんと整理されて書かれてあるので、私には、その疼痛緩和ケアの実践テクがよく理解出来た。
しかし肝心な処方薬の飲み方や扱い方が、どうにも府に落ちず、いまの私にどう使用するべきなのか解らなかった。
それは、その薬の使用承認が厚生労働省から中々降りずに来たことであったり、長年痛みを我慢するしかなかった状況下で、痛みに対して鈍感(マヒ)になっていたからだ。
主治医は文献通りに定期的服用をきちんと説明している。
痛みがない時でも飲むの?
そこが引っ掛かっていた。
丸二日間、文献を読んで、やっと理解出来た。
それは『日常茶飯事、四六時中痛みがあって動けないで苦しんでいるのに何故痛み止の使用をためらうのですか?』という文章と、その痛み止は1日に4回使用しなければ疼痛緩和ケアにならない薬剤という文章だった。
1回飲めば痛みがなくなって、嘘のように動けるようになった。
だから、前のように一日中悶絶する痛みに襲われなくて済んだ。
それなのに、1日に3回とレスキューで1回飲みなさい、と言われても「そんなに飲む必要あるの?」と疑問があった。
子どもの頃から、この身体で生きてきた私には自分の置かれた状況を今更ながら理解出来ない。
これが当たり前、仕方がないと言い聞かせて諦めて、もう抗う想いも消え失せた。
有難いことに、私の主治医は専門医だ。
日本で初めて研究が始まった時に出会った先生。
その時に残念だが私は既に手遅れだったのだが、時代と共に新薬も進み、それなりの段階的な治療を受けて来た。
しかし、ある投薬がきっかけで次々と使えない薬剤が出てきてしまい、治療の限界と現代医学の限界に陥ってしまっていた。
それから9年経って、この薬剤の緩和ケアが始まった。
恐らく、これが最後の有効手段になるだろう。
それも現状維持を苦しまずに出来るようにするためのもの。
癌性疼痛の緩和ケアを勉強して、主治医が施したい本来の緩和ケアを知った。
それさえ出来たら、もっと改善されて社会復帰も可能かもしれないのに。
それが主治医の憂うつそうな表情の理由だったのだ、と理解出来た。
納得出来るまで勉強してみて、沢山の事が理解出来て良かった、と本当に思った。
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