一年前、とても大切な用事で相当な無理をした。
それをきっかけに、半年近く休めず、予定もキャンセルできない状態が続き
その結果、医者が言うには 『軽い躁転』 を起こしたそうだ。
私が思うには、誰でも非常事態になれば、ある一定の方針が決まるまでは
普段とは違う必死な思いを持つのは当たり前ではないだろうか。
その時の精神状態は、脳が過剰反応を起こし、すべての能力を選択的に開放しているのだから
アドレナリンやドーパミンが大放出されるのも交通事故の直後とよく似ていると思う。
しかし、私の場合一度走り出したその脳の状態は中々止めることが出来ない。
医者から 『軽躁』 と一言言われた時点で自覚していた。
そして、体調や精神状態、脳状態をコントロールしようと必死でしていた。
ある意味で、理屈的に自分に言い聞かせ、
「今はこういう状態だから、これが終わったら、何時間は何も考えない時間を作って休まなきゃ」
「この次は、何の予定だからそれに備えて、今は走らないようにぼーっとしていろ」
などと、事務的な感じで生活するしかなかった。
でも、生きた人間相手の問題は私一人の努力で仕事のように物事が運ぶ訳ではない。
それが病気だとしたら到底、方向性がさっさと決まる訳がない。
そんなこんなで、大体の見通しが付いたのは一年近く経ってからだった。
一度走り出した脳は中々止まってくれないが、次に襲ってきたのは予測通り
『ひどいうつ状態』 だった。
あまりに忙しすぎるスケジュールと即時対応のやり取りのツケは、今混乱という形になって
私の中に廃棄物となって溜まりに溜まった。
もう、どうしたら自分をコントロール出来るのか解らない。
必死で喜怒哀楽のバランスを考えながら調整してきたが、なるべく自然体でとも心掛けてきたが
何が正しくて、何が間違っているのかも解らない。
毎日、毎日、私はきっかけを心のどこかで探している。
相反して、生きようとするきっかけも探している。
本当のところ、もう何もかもから開放されたい。
私が絶望しているのは、自分だ。
今までの中で、私に付いた私の大好きなあだ名は
ままちゃん
苗字由来でもなく、名前由来でもなく、いじめ由来でもない
ぽわんとさせてくれる愛情溢れる、尊敬や愛情からの意味が伝わってくるあだ名。
ありがとう。
そんな風に私をやさしく和らげてくれて。
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