以前から家事支援の手帳は持っていたのだが、
2年前に一度頼んで懲りてしまって、使っていなかった。
しかし、私もようよう体が言う事を利かなくなり、
そろそろ頼み時かと観念して、思い切って頼む事にした。
先週からスタートしたのだが、
昼食と夕食、買い物、掃除を頼む事にしてやってもらっている。
とても有難い。
私は仕事柄、家でずっとこもって研究ばかりしているのと
外出は通院とたまに大学に資料を持って行き教授と話すか、後は役所に書類の手続きをしに行くか、子供の学校や支援関係者くらいしかない。
ごく限られた人間関係しかない環境に、この何年間も居るため視野が狭くなるのが嫌で仕方なかった。
実家に行けば、研究からも通院からも何もかもから離れられ、当たり前の日常生活に身を置く事が出来、近所付き合いや何気ない「おはようございます」や「こんにちは」の挨拶の暖かさを実感する。
そんな中、今回お願いしたヘルパーさんは、毎日私を人間らしくさせてくれる。
『今日は何が食べたい?』と聞かれ、最初は殆ど、ろくに食べていなかったために
食欲がなく、思い浮かばなかったのだが、日一日と家庭料理を食べるようになって、
何気ないおしゃべりをしながら、頂く昼食は本当にとても美味しい。
ずっと一日一食の夕食しか食べていなかったので、段々食べられるようになって
『お腹が空く』ようになり、会話をしたり、ちょっとした手伝いや補助をする事で
体の代謝が良くなってきたようだ。
私は元々、食べるのも好きで、料理が好きで何でも自分で作っていた。
作って食べるのが当たり前で、インスタントはよく解らない。
しかし、握力の低下や、体の筋力の低下で台所に立って居られなくなり、包丁も握れなくなって
料理の中盤くらいで、へばってしまって最後まで仕上げられなくなってしまった。
筋肉は固まる、次に力が抜ける、そして激痛(疼痛)が全身に走るのだ。
元気な人にとってはぜんぶ、当たり前に何も考えず出来る事ばかりだが、私は違う。
体力は健常者の3分の1あれば、まだマシ。
例えば、ボールペンを握って住所を書く時、最初の5文字程度で手が固まってしびれて感覚がなくなる。
勿論、箸もそんなような状態だし、スプーンもフォークも握るものはすべて同じだ。
ヘルパーさんは色んな性格の人が居て、最初のうちは意志の疎通がお互いぎこちないものだが、
私にとっては唯一の事務的でない人間関係であり、とても大切な存在だと思える。
人と触れ合う事は、本当に大切な心の栄養だ。
一食作る度に『味どうですかぁ?』と心配ばかりするが、私は作ってもらえるだけ有難い。
しかも、長年主婦をやって来られた、その人の家庭の味があるのだし、勝手の違う台所で調理するのは難しくて当然。
そして、掃除。
限られた時間内に作業を終えなければいけない条件で、手際良く一気に掃除している姿を見て、驚いた。
「元気な人って、掃除機もコタツも重くないんだぁ」
椅子もゴミ箱も何でも、さっさか動かして、20畳ある部屋をものの15分足らずで掃除機を掛けてしまう。
私なら、えっちらおっちら、やっとの思いで1時間は掛かってしまう。
拭き掃除は、こまめにトイレに行くついでや、お茶を注ぎに行くついでで何とかやっているが…。
一日2時間の訪問だが、少しは私も疲れつつ、動いたり話したりするので丁度良いリハビリになる。
パワフルなヘルパーさんと共に明るく、人間らしく、私も切り替えられたら今までよりもっと色んな事が見えてくるのではないだろうか。
そんな期待がある。
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