2021年9月22日水曜日

慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)という身体障害者

 この病名を知らない人は、未だに沢山居る。

逆に聞き覚えのある人も居るだろう。

私は生まれつき、慢性疲労症候群と線維筋痛症を合併していた。
日本が認知して研究班を立ち上げた1990年に発症し、1991年に確定診断された。病気は生まれつき発症していたものだ、と専門医に告げられた。

残念なことに難病状態であっても指定難病にはなっていない。
それが身体障害者にまでなってしまっている実態は、専門医にも世間にも、もっと知られていない。

ずっと家の中で生活している。
世間とも断絶状態になっている。
食事もまともに食べられない。
着替えも入浴も、何もかも、人間らしい生活を送れずに人生をリタイアしたような生活だ。

仕事をしたい、と常に思っている。
けれど、単なる身体障害者ではないために、車椅子ひとつ自分では操作出来ず、かと言って障害者枠も狭い判定をされているが故に何の援助支援の対象にも当てはまらないので、すべての福祉用具は自腹で用意するしかなく、電動車椅子も持てず、そもそも起き上がれない身体では出社も不可能だ。
在宅ワークといっても不可能。

QOL(生活の質向上)とは言うけれど、手の施しようのなくなった重症の私には宛がう物すら無くなってしまって、生きているだけがやっと、という状態なのが実態だ。
質も何もない。

東京五輪の盛り上げのために、パラリンピックも多くとりあげられ、障害者に関心を持って貰おうと世間では盛んになっている。
お陰で、筋ジストロフィーやALSなどの認知度は上がっているが、この病名、この身体障害者、それは誰も知らない、解らない。

自律神経系の狂いから生じる免疫障害といって分かる人が居るだろうか。
それが身体障害者にまでなっている意味を理解出来る人が居るだろうか。
内部障害者であっても、全身の機能が障害されているなんて、どう想像すれば良いのだろうか。
自分ですら理解出来ない。
それくらい、自分の身体に怖い出来事が起きているなど、想像も理解も出来ない。

たまに、自分の症状を話してみると、怖がられる。
怖がられて初めて、私って、そんなに危ない状態なの?と思う。
それくらい当たり前のように年月が経過し過ぎて、驚く程の問題ではなくなってしまっている。
初めて体調不良を自覚してから、もう35年経っている。

先進医療が目覚ましい発展を遂げているかのように誰もが思い込んでいるだろう。
けれど、実際の医療現場は未発達で未解明の疾患で溢れて、原因が特定出来ない病気や症候群は解っていて治療出来る病気よりも数十倍あるのだ。
新薬にジェネリック医薬品。それも同じだ。

この慢性疲労症候群に有効な治療薬や治療法はない。
対処療法だけしかない。
痛みが強ければ鎮痛剤、アレルギー反応があれば抗アレルギー剤。
激痛による全身倦怠感を解消出来る薬は何もない。

ずっと疲れている。
どれだけ眠っても、起き抜けから「嗚呼、疲れた」と、ずっと寝ていたくなる。
寝ても覚めても疲れは取れない、痛みも取れない。
激痛で1日が終わってしまう。

生きているのが本当に苦痛としか言いようがない。

買い物にも行けず食糧の調達も出来ない、そこへ財政難もあって、結局最低限の食事も摂れなくなっていた。それをずっと疑問に感じながら、2ヶ月に一度の通院費を必死で工面して、気力を持ち上げるための高い薬価を支払って飲んで、何も変わらず、何年も疑念を抱いてきた。
9年間通った大学病院の通院を先日やめた。

腹を括った。
もう、いい。

食べる物も食べずに、気力なんか薬で着けようとしても無駄だ。
何をさて置いても食べる事を優先しなければ、治療処ではない!
そう思って医者に頼るのを絶った。
服薬を止めても体調不良も何も変わらなかった。

既に手の施しようがない、そう言われていたのだから、何が起きても、何も出来ない。

随分と無駄なお金と時間を費やしてしまったものだ。
今更ながらだが、何のために食べもせず通院していたのだろう。
きっと、家庭があるから、守るものがあったから、何とか維持しておきたい、そういった想いが医者に足を運ばせていたのだろう。

もう失うものは何もない。
もう、いい。
ただ、毎日が病人なりの平和と平凡であって、何の浮き沈みもない、くだらない一日で終わって、日々が通り過ぎて行く。それだけが安心。

私にとってのしあわせは、そんな事だけなのだ。

慢性疲労症候群という身体障害者
この意図するものが何なのか、理解出来ない振りをしているだけ。
生きる屍
それは15年以上前に、まだ戦っていた私が抱いた真実だ。

いまは、屍だったとしても楽しむ事、笑う事、怒る事、悲しむ事、きちんと精神活動だけは正常に保って生きていられる。
ただ、もう無駄な戦いをやめただけ。
流れに委せて、いつ、何が起きてもいいよ。


これは本当の自分の想いを留めておこうと思って書いた手記のようなものです。
今まで助けてくれて、自分たちだけは解っていてあげようとしてくれた、娘二人に有難う。
勇気付けようと認知行動療法を生活の中で最後まで与えてくれ、鬼になって支えてくれた、母にも有難う。

私は今まで家族を支えなければ、という使命感があって、ここまで強く生きて来れました。


この記事は、2017/12/5に作成したものです。

コロナ後遺症に悩む人々へ

 私は筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)と線維筋痛症の確定診断を平成4年に受けて、既に30年経過している重症患者です。

長年の診察の中で、発症は生まれつきであったものと宣告され、娘も亡くなった母も同じ症状があり、娘は遺伝性の発症と診断されて同じように患って闘病しています。

今回、新型コロナウィルス後遺症に悩まれる患者さんの実態をテレビや新聞で多数拝見し、筋痛性脳脊髄炎や線維筋痛症と同じような症状に苦しんでみえるのを知り、私の経験がお役に立てれば幸いと思い記事にしようと思いました。

執筆に当たり、私の想いをはじめに書きます。


本当は自己体験談を語るのは好きではありません

この疾患は患者の症状に大きなばらつきがあり、一律に具合を測れません。
出ている症状、自覚している症状、医師が診る症状など各々に客観的指標がまだ未解明の部分があり、診断基準のどのクラスに相当しているか?といった具合でしか判断出来ないのが実情だからです。
ただし、患者の訴える自覚症状は本物の症状であり、作為的なものでは決してありません。

しかしながら診察に当たる医師によっての受け止め方や地域的優位性によって、すべての患者の取り扱いが公平になされているとは言えない現状も実際に存在しています。
ある地域では、明らかに重度の障害を負っていると思われる状態にある患者の身体障害者手帳の認定が却下や低位の認定に留まる事態や医師の認識の差による重症度(例えばPS値)の客観性などの差が存在しています。

このような事から、私の方がよっぽどひどいというようなヘイトや患者同士の差別に直面するような事態が度々ありました。

ネット上では洗いざらい自分の状況を詳細に公表することは不可能であると同時に非常なリスクを負うため、すべての人に公開は出来ません。
また患者各々に応じた診療を提供する医師の対応に支障があるのは患者にとって有益ではないため、自分の診療病院や主治医の公表は避けた方が良いと思って来ました。

実際に私自身が医師から受けたドクターハラスメントや受診拒否など、とても辛い経験が山ほどありますが、それはある患者さんにとっては神様のような存在の医師であるかもしれません。

そのような観点から、自身についてあまり公表するのが好きではありません。
この点を何卒ご理解頂き、ご参考になさって下されば幸いです。



今まで経験したことのない異常な倦怠感とは?

病気もあまり経験したことがない人にとっては『倦怠感』と言っても、それがどんなものなのか分からないことでしょう。
一言で、 インフルエンザの真っ最中 これが一番解りやすいのではないでしょうか?

発熱が37.0℃や36.8℃程度の微熱でしかないのに、何でこんなにだるいの?と自分を疑うと思います。

微熱なのに高熱でうなされている真っ最中のようなだるさ。


体温の高い低い、と倦怠感の度合いは正比例ではありませんから、体温計の数字で判断しない方が良いと思います。
人間は置かれている状況を頭で把握するために目で見たものに理由付けをしようとするのだそうです。
ただ、微熱というのは『なんだ微熱か』ではなく、身体が異常を知らせるために出す信号ですので、微熱が長く続く方がじわじわと体力を消耗させるのではないかと思います。
故に、高熱や感染中で戦った後にきれいさっぱり回復とはいかない『長患い状態』では100m走を走り切った!というよりも、ダッシュを何10本も続けた後のような強烈な疲労感が続いている最中と想像してみると良いかもしれません。

今まで自分がやったことのないような重労働をずっと続けている状態にあると思った方が良いです。
どっとした疲れが、寝ても覚めても 文字通り続きます。

微熱の方が辛いです。
また、低体温である34.8℃以下も度々起こり、平熱が35.0℃のような場合には、37.0℃は2℃も上がっていることになりますので、38.0℃の発熱と同じ状態であるのも倦怠感の原因なのがお分かり頂けるのではないでしょうか。

画像1

これは私が具合悪いなあと思って測った時の画像です。
こんな数字は日常茶飯事で、一年中です。



盛んに言われる酸素飽和度(SpO2)の数字


画像2


上の画像を見て頂けばお分かりのように、血中酸素飽和度(SpO2)は安静時でもいつも95%を下回っています。
絶不調の時には、88%に陥ることも度々あります。

テレビで酸素飽和度が○○%を下回って人工呼吸器の必要な状態…と毎日、報道がされていますが、パルスオキシメーターの数字だけで状態がすべて分かる訳ではありません。

呼吸器科ガイドラインにあります通り、95%を下回ると”酸欠”状態になり呼吸困難を引き起こすので酸素供給を施す必要があります。
ただ、その酸素療法を施すにも『呼吸機能障害』が起きていることが前提ですので、肺機能障害があるかないか?やその他の所見を複合的に観察した結果でなければ、数値が低いというだけでは酸素療法は受けられません。
それは肺が二酸化炭素を十分に吐き出せる状態にないと逆に酸素が充満して『逆の酸欠』に陥って窒息してしまうからだ、と肺気腫を患っていた母の主治医から教えて貰ったことがあります。

私は慢性気管支炎(喘息)もありますが、肺活量が弱く吸うのも吐くのも十分に出来ず喘息治療が逆に呼吸困難を引き起こして治療中止になりました。
酸素を吸えばとても楽になれたのですが、治療の適応にはなりませんでした。

日々の生活で呼吸苦があります。
トイレに行くだけで、台所に立つだけで、着替えをするだけで、内服薬を飲むだけで、何かをするだけで苦しいです。
もちろん入浴するのは重労働でほとんど出来ません。せいぜい2週間に1度が精一杯です。
酸素が身体に十分行き渡っていないから何をするにも酸欠状態で苦しくて、そしてとてもだるいです。

いつも首を絞められているような窒息感があります。

酸欠のせいなのか、手足が冷えて、痺れて、強張って、うまく動かせません。
ハサミや包丁を持つ手が固まってゴワゴワになり、脳梗塞のように麻痺して動かなくなります。
文字を書くのにボールペンを持つ手が固まって字が書けません。
宛名書きにとても時間が掛かります。

歩く時に足がうまく上がらず、筋肉痛が起きて長距離が歩けません。

心拍数が遅いです。
平均は60回/分くらいで、体調悪化の時には大抵の場合45回/分のような非常に遅いことが一年中あります。

起立性低血圧


循環調節障害


心筋症

そのように心臓に関する症状が起きている、と中学生の時に循環器科で診断されたことがあります。
しかし治療できるくすりはありません。
先日まで アデホスコーワ という、うっ血性心不全改善薬を服用していましたが効果なしとのことで中止になりました。

酸素が少ない事と体温が安定しない事で、体温調節がうまく出来ません。
暑くなったり寒くなったり、悪心という症状が一日中あります。
寝ていても布団や寝間着の調節がうまく出来ないので、一晩中被って剥いでの繰り返しをします。


酸欠で一番つらいのは強烈な頭痛

毎日、強烈な頭痛が起きます。
以前は日中に普通の頭痛が起きていたので、バファリンなどのNSAIDsという鎮痛剤を服用していました。
1日4回ロキソニンやボルタレンを処方されていたこともありました。

今はそれらに重症薬疹や喘息を起こすようになり、薬剤過敏症のため使用できなくなりました。
それで冬に喘息が悪化して出して貰ったせき止めシロップが何故か身体の痛みと頭痛を抑えたので、成分を調べて『コデイン』が抑咳薬の成分で、これはモルヒネ類の鎮痛剤と同じであるのを発見して医師に話すと、『分かった。じゃあこれを使って』と言われて出されたのが、トラマールという痛み止でした。

非オピオイド系鎮痛剤がトラマール。
オピオイド系鎮痛剤がコデイン。

頭痛にトラマールは使いません。
1年以上トラマールを使用しても頭痛が治まらなかったので、また、せき止めを出して欲しいと話すと、アマージという片頭痛治療薬をやっと処方してくれました。

これが一発で効いて驚くほど今まで自分がどれだけ痛みに縛られて不自由で来たのだろう!という効き目でした。

ところが飲み始めて3年、決して乱用も常用もしていないのに寝ている間に突如バーン!という頭を撃ち抜かれたような強烈な頭痛に襲われるようになりました。
睡眠薬を飲んで完全にシャットダウンしてしまっている状態で突然の激痛発作で起こされても、身体や意識が起き上がれず薬を飲んで抑えたくても飲めない。
ううー、ううー、と唸りながらやっと起き上がって薬を飲んで、また唸りながら、いつの間にか意識がなくなって目が覚めたら悶絶から6時間後です。
これが2日に1回起きます。

頭痛が起きるから怖くて眠れない。
だけど身体は辛いし疲れているから寝たい。
こんな痛みに悶絶する6時間では休まりようもなく、目が覚めたら 疲労困憊 して居ます。
その状態は、心臓発作で目覚めた時とよく似ています。



味覚障害や摂食障害があります

よく味や臭いが分からない、食欲がなくなるとコロナの人の証言がありますが、筋痛性脳脊髄炎や線維筋痛症でも味覚障害や摂食障害が起きます。

自己免疫異常があると言われているので、口腔感染症によくなります。
唾液の殺菌力や歯周炎の症状があり口の中の状態が悪く、虫歯になりやすくて、顎の筋力低下もあり咀嚼力が弱く食べ物がうまく噛めません。

嚥下障害もあるため、飲み水を口に含んだだけでむせ込んでしまうことも注意しなければなりません。

食事の塩気や食べ物の味がほとんどよく分からないこともあり、調理の際には塩や砂糖の分量をメジャーで視覚化して注意したりしています。
美味しいと感じて食べることは、あまりありません。

食糧の買い出しにスーパーマーケットへ行って、入口でいきなり食欲が失せて買い物が出来なくなることも暑中あります。

お米がプラスチックの粒みたいに感じたり、うどんがゴムの紐みたいに感じたり、自分が何を食べているのか感覚がおかしくなることもあります。

そういう時には無理に食べないようにしています。
何とか味覚を取り戻そうと「これは自分がいつも好きだと思って食べてきた物だから」とか「本当はこういう味の筈なのに」などと思わないようにしています。
何だったら、これだと分かる食べ物だろう?と考えたり、カロリーメイトのようなバランスフードで栄養補助食品に代替したり、多分、本当は美味しい焼き肉なんだろうな?と思いながら「身体の栄養のため」と頭と切り離したりして毎日の食事をしています。

まったく美味しい食事ではありません。
ひたすら食べるリハビリです。

それは極度の栄養失調や栄養不良に陥った経験があるからです。
食べたくないから、食べられないから、と食べずに過ごしてしまい気がついた時には自力で水すら飲めない程に衰弱してしまったことが何度かあります。
そうなると点滴では追い付かず、流動食の経口摂取を必死でやらないといけません。この流動食が美味しい不味いではなく、身体自体が受け付けなくなっているのと消化吸収するエネルギーや基礎代謝が落ちているためにとても苦しい思いをします。
入っていかないんです。
水が飲めるようになるまで1ヶ月訓練をしました。

これが自力で出来ないとなると入院して、鼻からチューブを挿管して胃に流動食を直接流し込む治療をすることになってしまいます。
ベッドの上でたった二週間寝たきりで居るだけで、身体の筋力はあっという間に衰えて立てなくなり、肺は身体の重みで押されて小さくなり呼吸が不自由になります。

そういう経験から必死で毎日訓練したので、味が分からなくても食べるしかありません。

実は今、コーヒーが好きで毎日飲んでいても、風味も味もよく分かりません。
折角ドリップ式のコーヒーをたてて、牛乳と砂糖を入れるラテなのに出来た時の一瞬しかコーヒーの良い香りは感じられません。

なのに水の味は感じます。


脱毛症の問題

コロナ後遺症の人やがん患者さんのようなごっそりと抜け落ちる脱毛症はありませんが、抜け毛がひどい症状があります。
枕や布団、リビングなど至る所に抜け毛が落ちていて、ブラシに絡まる髪の毛の量も多いです。

また全身の産毛などは若い時よりも、はるかに薄くなり、更年期障害の症状はわりと早い年齢から始まると医師に言われていました。

恐らくホルモンのバランスが崩れているせいで、そういった老化現象が早まっているのではないか?という事です。

ある人は、服用している痛み止が影響しているのではないか?など言いますが、薬剤師の話では脱毛症になるような影響力の強い薬ではないとの事ですので気にしない方が良いと思います。

抗がん剤などホルモンに影響する一部の薬剤はありますが、私の考え方は日々の症状を良くしたり維持するために服用する方が生活は楽に送れるので、健常者のように生きようとは思わない方が自分のためだという思いで居ます。
でも辛いですよ、髪の毛が無くなったりするのは。



ここまで書きましたがキリがないのがこの症状

不定愁訴と言われる自覚症状。
ありとあらゆる症状が毎日、ずっと襲って30年です。
あれもこれも、とありますが、一番辛いのは痛みと疲れです。

全身筋肉痛と全身関節痛
これが一番ひどい症状で、これに伴って内蔵の疲労と思考の疲労が起きます。

思考の疲労ってなに?
と思われるでしょう。

読んで字の如く、考えると全身が疲労困憊して、脳も疲労困憊するんです。
例えば、この記事を書くという作業も思考の疲労があり、この集中力が後になって100mダッシュをした後のように、どっと疲れてしまい寝込みます。
起き上がれるようになるのは明日の夕方近くです。
そういうリズムでずっと生きてきました。

ですからスマホでSNSをずっと追いかけるとか、LINEに一喜一憂するとか、思考が疲労するようなことや心労になることは出来ません。

具合が悪くなるから、というより、その作業自体が体力がなくて出来ません。


バッテリーに例えるなら

初診の時に医師に伝えられた言葉をアドバイスとして皆さんに送ります。

『この病気はバッテリーに例えるなら、健康な人の3分の1しか自分は充電出来ないと思って生活して下さい』

そう言われました。
実際にその通りです。

自分の記憶は元気だった時の記憶で止まってしまっているので、自分が動けない状態だと自覚は全く出来ません。
その通りに健常者と同じように働いたり、遊びに出掛けたり、食事に行ったりして、こっ酷い思いを何度も何度もして来ました。

行った先で突然具合が悪くなる。

いま、その瞬間まで元気だったのに突然の脱力発作で顔面蒼白になって冷や汗を流して倒れ込む。

仕事を度々休まなければならない。

今日こそは頑張るぞと出勤して、直ぐに早退。翌日から休職になってしまい、ずっと寝込んで2年経過してしまう。
その後も社会復帰を何度も挑戦するが、ただただ悪化させるだけでしかない。



私から言えること

  • 具合悪い時に動こうとしない方が良いです。

  • 少し調子が良さそうだと思っても、やりたいことや、やらなければいけないことは1日に1つだけで終わらせた方が良いです。

  • 目の前のテーブルの一角を雑巾で拭くのも仕事1つをやったと思って下さい。

  • 今までの健康志向は通用しないと思ってやらないようにした方が良いです。気晴らしや散歩をしたり太陽に当たった方が良い

  • そういう考えは症状を悪化させます。

  • 臆病になって萎縮しない方が良いです。

  • 何でもやれる、やってみようという意欲を失わないように。

  • 症状を抱えた自分に合った出来ることをなるべくやろうと思って下さい。

  • そして、もう無理かな?と感じたら、あと少しと深追いせずに直ぐに止める勇気も持って下さい。

  • 自分を追い詰めますから、追い詰めないように注意して下さい。

    怠け者なんじゃないか?

    やる気がないだけなんじゃないのか?

    こんな筈じゃない

    そんなことが頭を駆け巡ったら、「あ、自責だ!」と言い聞かせて、「お前の脳が勘違いしてるだけだぞ」と何度でも自分に言って聞かせてやり過ごして下さい。

  • 引きこもりのように感じても真に受けない方が良いです。

  • 出られないから、動けないから、じっと我慢しているだけです。

  • 決してニートでも引きこもりでもない!と自分を励ましてあげて下さい。

  • 誰から何を言われても、いま自分が感じている感覚は決して嘘ではないんだ!と自分だけは自分を信じてあげて下さい。

  • みんなやってる
    それはぼんやりとした、どこかの健康な誰かであって、自分とは違う人のことなんだと思った方が良いです。

  • こんな症状に四六時中襲われているのは、みんなではないのです。

  • 何かを頑張ったら自分を褒めてあげて下さい。

  • 何にも出来なかったら、仕方ない今日はね、と慰めてあげて下さい。

  • 決して励まされないで下さい。
    それはプレッシャーになって辛くなるだけです。


最後に、解って貰おうと期待しない方が良いです。
気のせい や 気分が落ち込んでるだけ とか 大袈裟なんじゃないの など、そんな風にしか受け止めてくれない人に何を訴えても無駄です。

もっと前向きに、そんな事を言ってくる人も居ますし、良かれと思って温泉や旅行に連れ出して元気付けようとしたり、一緒に楽しもうと誘ってくれる人も居ますが、そのどれもが負担でしかありません。
あなたに出来る、あなたがこれなら楽に楽しめる
そう思えるイベントと環境で一緒に楽しんでくれる人と楽しんで下さい。

私は、ちょっとの距離しか歩けないので娘が一緒にお洒落する物や映画などを見に行って欲しいと言われた時に、車椅子を押して貰って出掛けます。
それでも3時間くらいが限界です。

カラオケなら座ってたり寝転がってたり出来るので、未成年の内は同伴という形で一緒に行きました。

横になれる空間が必ず必要です。
身体を起こしているのは、とても体力が要りますし、横になっているのもまた体力が非常に必要なのを学習して下さい。


抑うつ症状が自分を苦しめます。


それは脳が疲労して起こす症状の一つですから、決して病気になったことや社会生活が思うように送れないことをくよくよしているからではないのを知って下さい。
確かに今まで社会の一員として、毎日外へ行き、何の不自由もなく仕事や学校に行って活動して来たのに、何日休もうが何ヵ月経とうが一向に社会生活が出来ないで居るのは情けなく思うでしょう。

だけど、それほどまでに大変な病気を患った後遺症だから仕方ないと私は思います。

とかく風邪を軽視しやすい日本ですし、たかが微熱くらいや、38.5℃の高熱でも頑張ったというような根性論であまり重大な意識がなかったと思います。

この新型コロナウィルスの恐ろしい所は、それまで健康だった人が年齢に関わらず感染して、何が原因なのかも解らずに(直接的死因ではなくコロナウィルスがどのように関係したからなのか)死亡してしまうケースがある点だと思います。

そういった重大な感染症の後遺症となれば、相応の症状に襲われて苦しむのだろうと想像します。

私に出来るようなことはありませんが、感染症後遺症の症状や予後の生き方、生活の工夫でしたら長年の闘病生活から得たものが沢山ありますので、お役に立てたら幸いです。

寄り添って、そう簡単に言うのを聞きますが、本当の意味で寄り添うことは難しいと思います。


混乱する身体と頭が少しでも落ち着いて、一晩だけでも安眠出来る日がありますようにお祈りします。

2021年9月16日木曜日

走馬灯

 前に体験したことがある。

自分では制御出来ない記憶の蘇り


改めて、私はここで『脳』を知った。

脳を臓器と考えるか否かが議論になって居るが、臓器だと私は思う。

自分ではコントロール出来ない。


頭の中に次から次へと、過去のあらゆる場面が蘇る。

その時の風景、情景、状況、居合わせた人間の言葉、態度、そして自分の感情。

すべての情況が鮮明に切り取りで浮かんでくる。


時系列は無作為に飛び廻り、何の関連性もなく、『支離滅裂』のように勝手に頭の中に思い浮かんでくる。


初めは、それが何なのか全く理解出来なかった。


私は沈黙しボーっとしているように傍からは見えているのを自覚している。

戸惑い、一生懸命何が起きているのか理解しようと自分の脳を分析しようとしていた。

けれど分からない。

何故、そんなことが毎日毎日一日中続くのか。


唯一の理解者である母に

「どう言えば良いのか分からないんだけど、スパーク!スパークが脳の中で起きてるの」

慌てふためいて必死で伝えると母は一言

『それが脳でしょ』と言った。

私は「あ、そうか・・・」と一発で納得した。


ふと一息ついて、それが脳でしょと言われて、何故自分が納得出来たのか、腑に落ちたのか考えた。


それからしばらくスパークは続き3年くらい経って起こらなくなった。


今また『走馬灯』が毎日起きるようになった。

古い記憶が蘇る。

きっかけはない。

よくある、ふと考え事をしていたら…や、何かをしている拍子に…そういった状況ではない。

完全に脳がリラックスした言わば”催眠”状態の時に起こる。

それは大抵の場合、目覚めた瞬間だ。


何年間の出来事だろう

脳は何故そんなことを思い出させるのだろう

精神分析学、脳神経細胞学、心理学を長年研究してきたが分からない。

走馬灯に関する文献を見たことがない。


色々あるから仕方ない

そんな”ストレス”に、かこつけられるような理由付けや動機付けになる材料はない。


ただ昔、死ぬ間際に何を考えるのか?という論文を読んだことがある。

皆口々に「走馬灯のようなものを見た」「体験した」と言う。

交通事故に遭遇した瞬間を”走馬灯”と表現する。


一体、自分の身に何が起きているのだろう

2021年9月11日土曜日

Star light : New morning2021/9/11

折角、買って貰ったPCだから、使わないとね。
使いたいって思ってきたんだけど、今じゃタブレットの方がSSD入ってんの?ってくらい早くて、手軽で何でも出来ちゃう。
しかも、何処でもね。


そんな気持ちで動かしてみた。
PCが圧倒的に優れているのは、文字打ち。
スマホやタブレットの携帯予測変換は嫌い。
字が書けない人が『何となく、この字かな?』の印象で使えるように、パズルを探すみたいに象形で見るだけ。
だから、本当に打ち込みたい文字が ”一覧” から探さなきゃならないのと、無ければ結局自分で言葉を打ち込まなきゃ出てこない。
キーボードもタイプライター式で、ポチポチ押さなきゃならないから、遅い。


って、感想と愚痴から始め。
前置き...っと。



あのね、聞いて欲しいことを書こうと思ったからなんだよ。
会いたくて、会いたくて仕方ないんだ。

ゲームを初めて1か月ずっと観察、考察した。
訳の分かんない、あんな文章が『人々に感動を与えた超傑作!』ってさ、だから何でも書けば良いのかもなあって思ったんだよ。

要はさ、
誰かに見てもらいたい、誰かに伝わるように、誰かに分って欲しい、
そんなもの考え過ぎなくて良いって、ちょっと解った。


今までの自分がようく観えて来てね。
とても親切な人だったんだなあ。
とても一生懸命な人だったんだなあ。
自己主義が叩き込まれて来たんだなあ。

そうは言っても、結局WEB公開するんだから、思うままに…とは行かないね。
だって、どこかの、誰かの目に必ず留まるんだから。

まあ、いいや。

会いたい。

2019年9月2日月曜日

慢性疲労症候群と線維筋痛症と共に生きるのを学んで欲しいからLady gagaへTwitterを送った

この2015年からの具合の悪さで、私はずっと寝込んで療養生活をしている。
娘が気晴らしにNetflixで映画でも観たら?と薦めてくれて、そこでレディー・ガガのドキュメンタリーを見つけて観てた。

彼女が線維筋痛症であることを公表したのは知っていた。

けれど番組を見ていると、彼女が左半身の激痛で起き上がれずに苦しんで泣いているのが映ってた。

今こそ私が長年経験してきたことを知らせて、ずっと綴ってきた本当の思いや現実を教えてあげなければ!と思い、Twitterでメッセージとこのブログのリンクを送った。

***To.Lady gaga***
Please read this article and know yourself! There are still many things you can challenge without being young. I have proved that it is not a life that is never abolished. You can get the natural life you want without being completely cured at your rhythm and pace! Learn that you are the one who gives up hope. The world that will come true if you want is here!


私はもうそろそろ死が近付いてきた兆候が現れている。

それは心不全の兆候だ。

空咳がずっと2ヶ月近く続いている。
体の痛みや疲労感で起き上がれない時に、アイス枕を背中の心臓の真裏に当てると、すーっと和らぐ。

高血圧なのに低心拍と低体温を起こしている。
心臓の働きが弱まっているせいだ。
空咳も心不全の症状だ。
うっ血性心不全の薬も効かなくなっている。

医者は片頭痛だと言うが違う。
思考の疲労と脳血流が悪化して頭痛の大発作で、月に2~3回意識を失っている。
今年2019年3月に初めて、アマージという片頭痛治療薬が処方された。

劇的に大発作は治まるようになったが、2ヶ月で20錠使っている。

薬代が1錠900円にもなる高額だから危険を承知で、普通の片頭痛患者と同じように頭痛薬を併用したら、痛みは楽にはなったがやはり薬疹が全身に拡がり、喘息を起こして中止し、アマージだけを服用するように戻した。

慢性疲労症候群は悪化している。
線維筋痛症も悪化している。

手足末梢が冷たいのが治らない。
下肢の氷のように冷たいのも、今までとは違う。

もう今までのような痛みは感じなくなってきた。
痛む時は大激痛か、無感覚に二分している。

決して、オピオイドやアマージの鈍感ではない。
もう2年以上前から、ふわーっと無感覚になりだしていた。

劇薬の痛み止のせいで麻痺しているのではなく、脳が痛みを感じなくなっている自覚がある。
それは階段から落ちて左足の脛を骨折したのに、痛みは確かにあったが激痛ではなかった。
こぶし大にまで腫れ上がり熱感も凄かったが、アイスパックで冷やしまくって、何度もすぐに熱くなって取り替え腫れが引かなければギプスも出来ないからと自分で処置をして、全く痛みを感じなくなっていた。
サポーターで固定して過ごしていたら、変形して固まった。

ある日突然目覚めた時に左手の親指が脱臼してた。
鈍痛を感じるがテーピングで固定し、装具で3ヶ月固定しても脱臼は治らず、今でも外れたのを自分ではめて、テーピングで固定すると痛みが消える。
その毎日を繰り返している。

身体も神経も筋肉もすべてボロボロなのに、無痛に近い。

これで終わる。
ただ自分が何の症状が原因で死ぬのかをハッキリ知っておきたい。

嗚呼だから私はこうして死んで行くのだ、と。
それだけだ。

脳が時々フル回転して、まるで交通事故を起こした瞬間のようになる。
アドレナリンとドーパミンが一気に大放出しているかのように、ワアー!と思考が溢れて止まらなくなるのも最近よくある。

何かが進んでいるのは間違いないと自分の身体で感じる。

2018年6月14日木曜日

光線過敏症:熱中症

直射日光に当たると子供の頃からひどい頭痛で何日間も寝込んでしまう身体をしている。
初夏や真夏の強い日差しは、必ずと言っていいほど直ぐに頭痛から全身痛へと拡がって、大激痛を起こし、一晩中氷嚢と氷枕で頭と全身を冷やし続け、それが何日も続くのだ。
だから帽子を必ず被って頭を保護しないとならない。
帽子を被っていても肌を露出していると、そこから全身に熱が籠って倒れてしまう。

この6月の初夏は、特に朝方のまだ日差しが強くない午前中の2~3時間か、夕方の陽が下がった2時間程度しか外出は出来ない。
先日、日が昇りきる前に、と思って11時頃から13時頃までの2時間程度、外に出掛けた。
ちょっとだけだから、と帽子も被らず、水も持たずに出てしまった。
案の定、帰宅途中に気が遠のいて放心状態になってしまい、このまま帰るのは危なそうだから何処かの店に入って涼んで何か冷たい飲み物を飲んで休んでからにしようと喫茶店に入った。
2時間経っても放心状態と全身倦怠感は一向に回復しなかった。
今度はこのままだと倒れて帰れなくなってしまうから、早く出て帰ろうと思い、やっとの思いで帰宅した。
全身が熱で熱くなっていて、汗で衣服が濡れ切っていた。
風呂に入ってシャワーで汗を流したいと思っても体力も意識もおぼつかず、急いで着替えだけをしてベッドに倒れ込んだ。

冷房で部屋をガンガンに冷やして、起き上がれた時に氷枕を作ってしがみついて寝ていた。
おかしなことに、氷枕の氷が直ぐに1時間ほどで溶けてしまって、4回ほど作り直し、4時間後に目が覚めた。

まだ頭はボーっとしていたが、チリチリと痛む頭痛をトラマドールで抑えて、何とか起き上がれた。

また夜に用事があったから4時間程度出掛けた。
翌日から大激痛を全身に起こし、5日間寝込んだ。
トラマドールを何錠飲んでも痛みは治まらず、発熱してるかと体温計で測れば37.0℃の微熱、氷枕は相変わらず直ぐに溶けてしまい、水をいくら飲んでも身体に浸透していく感覚が全くないまま、全身痛が過ぎ去るのを待っていた。

こんな症状は、日中に出掛けたり何処かへ行ったから起きた訳ではなく、一週間に一度は起きている。
この激痛発作を一度起こすと回復するまでに一週間は最低でも掛かってしまう。
発作 → 一週間対処 → 回復 → 発作
この繰り返しで一か月が過ぎる。

けれど、もしかしたら今回は熱中症だったのか?と、ふと思った。
まさか、ちょっと昼頃に2~3時間日差しに当たっただけで熱中症になるとは思わないだろう。
でも、そうだったんだ。

膠原病の人が直射日光に当たれないのは知っている。
当たるとどんな症状が出るのかは知らない。
私の慢性疲労症候群も同じなのか?と思った。
きっと同じなのだろう。

光線過敏症は、日差しの強さに関わらず直射日光に当たった部位が赤く腫れあがり、全身に発疹や蕁麻疹を起こす。
確かにそうなのだが、こんなに簡単に熱中症を起こしたり、大激痛で5日間も寝込むようなこの症状は何故起きるんだ?と訳が分からない。
日常生活を普通に送っていたら、「その時間帯は熱中症を起こすので出掛けられません」なんてことは言えない、出来ない。
昼夜逆転するな、睡眠障害を整えるようにしろ、そんなことをいくら言われても、日中の活動期に活動をすれば、こんな状態に陥る。
自然とそういうものを避けて、平常に生活できるようにしようとすれば、すべての活動が停止している夜に自分の活動をせざるを得ない。

世の中の活動基準となっている朝9時から夕方5時に、私は活動出来ない。
そもそも、その一般基準はどこから設定されているのかといえば、金の動く時間帯で、金融機関が機能している時間帯に基準を合わせているのだ。
それをさも人間の生態的活動基準かのように体内時計と言っているだけだ。
動植物にも夜行性があるように、人間にも昼型と夜型の生態系があるとは考えないのだろうか。

イチコロで熱中症を発病するような慢性疲労症候群に、高度照射法が有効だと言っているが、紫外線と熱線に弱い体質に本当に有効なのだろうか?と疑えてならない。

私は20年以上に渡って、認知行動療法のためにガーデニングをやってきた。
陽が昇るまだ薄暗い朝方5時ごろから陽が昇りだす9時までと、陽が下がった夕方5時から6時頃までしか作業をしない。
これは植物も同じく、植え替えや植え付けなどの手入れをして良い時間、水やりをしても大丈夫な時間なのだ。
雑草の草むしりも同じように、朝露に濡れてさてこれから伸びようかとしている根が柔らかくなっている時間帯か、日中の日差しに土が照らされてカラカラになり根が活き活きと張って居られない時間帯の夕方に抜くのが一番良い。
真昼間には何もしない、出来ない、やっても効率が悪い。
それと私の身体は同じリズムで生きているように感じる。


もう少し、自然の中から人間の生体リズムを学習した方が得策なように思う。
熱中症と光線過敏の大激痛には懲り懲りだ。

2018年6月13日水曜日

免疫力が低下している現実:ノロウィルス

慢性疲労症候群は免疫力が低下すると説明されている。
けれど、それがどのように低下して何が身体に起きる可能性があるのか、何も具体的な案内は医療機関や医師、学術記録などからされていない。

患者は、常に何かが起きてから、それが慢性疲労症候群によるものだと思い知る。

季節性の感冒にいつも罹患しやすいのかと思いきや、あまり感染することもなく、インフルエンザには常に耐性がなく感染しやすく、アデノウィルスに感染するかと思いきや、ウィルス型の不一致によって感染しない時もあり、一体何に気を付けて生活すれば安全なのか全く予測が着かない。

先日、気を付けていたのに、他人に勧められて不用意に生牡蠣を食べてしまった。
今まで一度も食中毒になんか罹ったことがないのに、何の抵抗力や免疫力が低下していたのか、ノロウィルスに感染してしまった。
その4日前に熱中症と思われる症状の激痛発作で寝込んでいた矢先だったのもあり、嫌な予感はしていた。食べる寸前に虫の知らせのように、もしかしたら危ないかも?と察してはいた。
それまで珍しくピンピンと元気にしていたのに、食して12時間後、突如水様便と激しい腹痛が襲った。
トイレに駆け込み、座り込んで一時間、水道の蛇口から水が出るかの如く、止め処のない水様便が続き、終いには嘔吐し、滝のような脂汗が全身から吹き出し、嘔吐した洗面器にボタボタと雫が落ちた。
もう治まったかと思い、ベッドに倒れこみ、腹痛に七転八倒をしている内に意識が薄れ、ウトウトと寝てしまった。
寝ながら、もしかしたら腹圧で流れ出てしまうかもしれないと思いつつも起き上がれなかった。
それから3時間後、ベッドに垂れ流してしまった気持ちの悪い感触で飛び起き、痛む腹と全身倦怠感と吐き気の中、シーツを全部剥がして、風呂場に行き、汚れた下着と身体を洗って、介護用オムツを宛がって、またベッドに倒れ込んだ。
流石に、生牡蠣しか食べていない状況からこれは食中毒だと直感して、医療機関の救急外来へ電話で事情を話し、直ぐに受診しないと危ないのか?と聞いた。
ノロウィルスだから成す術はなく、ウィルスが身体から出て行くのを待つしかないのと、禁忌薬の多い薬物アレルギーの私には施せる薬がないから脱水症を防ぐために経口補水液と整腸剤を飲んで自宅で安静にしていて下さい、との返事だった。
抗菌薬も抗ウィルス薬も使えない身体は、自然治癒を待つしかないということだ。

普段から水分をやや多く摂る私だが、流石に水道水では補水にはならないようで、買ってきた生理食塩水と同等の経口補水液とポカリスウェットは500mlをあっという間に飲み干してしまい脱水症寸前だったのが解かった。
それほど水分を摂っていた訳ではないのに、体中の水分が水様便と汗で放出していたんだ、と驚いた。

それから今日で丸4日が経過して、下痢と腹痛は無くなったにも関わらず、歯周病がひどく虫歯だらけになっている口腔内は免疫力がなく、歯茎が腫れ、頬まで腫れあがってしまっている。
ノロウィルスが口腔感染症を引き起こして、歯周病を悪化させている。
感染症同士の悪化のさせ合いのような悪循環だ。
このノロウィルス症状が治まらなければ歯科治療も出来ない。


自覚出来ない疲労の蓄積が、こうして何気ない予想も着かない感染症を次々に引き起こす。

トラマドールによって全身の激痛緩和がされていると、疲労感を然程感じず、線維筋痛症の鈍い筋肉痛や関節痛を少し感じる程度(とは言え患者的感覚の圧痛感だが)で、割と元気なような錯覚をするために、全身症状に鈍感になる。
所詮、脳の認知を誤魔化しているに過ぎないのに、それによって感染症の苦痛まで鈍感になってしまい正常な身体反応が認識できなくなっている。

これで良いのだろうか?
こんな事をしていて肉体的には大丈夫なのだろうか?
そう考える。

消化器症状を誤魔化すと命取りになる。
自分の知らぬ間に毒素が全身に回り、気がついた時には症状が悪化していて、手遅れ寸前になるのは当たり前だ。
インフルエンザウィルスは、はっきりと一定期間身体に潜伏して強力な毒素で全身を痛めるが一週間もすればウィルスの残留はほぼない。
だが、このノロウィルスは、はっきりと排泄され切る期間が分からない。
症状が無くなったからと言っても、腸内細菌と共に一か月近くも潜伏し続け、排便や口腔から排出し続ける。
厄介なもので、感染力が強く、感染経路は肛門と口腔からだから下手に他人と接触してはいけない。
それが何日間なのか、個人差があって全く分からない。
現在、運が良いのか悪いのか歯周病を患っている私にはバロメーターがあるから、この症状が出て来なくなったらウィルスは排除された、と考えれば良いのだろう。

子供が幼児だった時にロタウィルス感染症(冬季感染症)に罹ったことがある。
その時、約一か月近く自宅療養して保育園に行けなかった。
それを覚えている。
手足口病の時にも一か月近く、発疹が治まらなかった。
それとこのノロウィルスも同じ状態なのだろう。
健康な人が感染したとしても、不顕性や発症したとしても半月程度の自宅療養で直ぐにウィルスは排除されるだろう。

ならば、この慢性疲労症候群の私は一体いつまで完治するまで掛かるのか?
まったく医者にも見当が着いていない。
本当にこんな病気を患っていて、一般社会の中で生活していて大丈夫なのだろうか?
いつ、どこで、どんな菌やウィルスに感染して、理解不能で対処不能なものに暴露されるのか分からないでいて、バイオハザードゾーンを日常的に渡り歩くような生活に恐怖感を抱かずには居られないだろう。
それが現実と本音だ。


いつ、何が起きるのか分からない慢性疲労症候群と線維筋痛症。
これを難病と言わずして、何だと判断しているのか、とつくづく思わずには居られない。
『死にはしない病気だから』
厚生労働省も医者もそんな判断をしているが、患者本人はこうしてじわじわと忍び寄る何かが原因で必ず死に直面する体験ばかりを強いられているのをもっと知るべきだ。
ウィルス感染したにも関わらず、健康体でもない抵抗力と免疫力が健常者の半分以下の身体に自然治癒力というものを求めて、身体が弱らない訳がない。
健常者ですら食中毒の毒素で死んでしまう人も存在するというのに如何なものだろう。

いくら働き掛けても訴えても、患者の実態は届きはしない。