2012年11月20日火曜日

軽快もせず、未だ続く腹痛 慢性疲労症候群、線維筋痛症の通院の意味

2~3日おきにまだ腹痛の激痛は続く。
先日、通院先の診察の待ち時間にも襲ってきた。

痛みの限界を超えると、無意識に大粒の涙が溢れてくるのはずっと前からあったことだ。
耐え切れず、婦長さんに頼んでベッドで寝かせて貰ったが唯堪えて診察を待つより手立てがない。
診察を一番最後にしてもらい、主治医に状態を説明すると言われた。
激痛を抑えるには 『トラムセットしかない』 でも薬疹を起こすから使えないし、しかも海外では 『トラマドール』 単体で処方できるのに日本では 『癌』 だけしか認証されていない。と。
その通り、何度も頼んでいるが、アセトアミノフェンなんか、唯の解熱しか出来ないのだから、トラマドール単体を出して欲しい。それさえあれば、効果はいいのだから。


麻薬パッチは、 『癌』 に限られている。
本当は慢性疲労症候群も線維筋痛症も、苦痛を取り除くには適した薬剤だと私は思う。
一般的な鎮痛剤では効果は何もなく、精神科で処方される安定剤や鎮静剤は脳神経の働きを誤魔化しているに過ぎない。
所謂、似せ薬、プラセボ効果でしかない。

それが証拠に、不思議な事にノイロトロピンは長く飲み続けなければ効果は得られないが、鈍痛には穏やかな効き目を実感する。
こんな私は、ちょっとやそっとの痛みには慣れている。
大怪我をしても、堪えられる。
しかし、どうにもこの鈍く、筋肉の組織をまるで鷲掴みにされ捻られているような痛みだけは抵抗できない。

よく聞く線維筋痛症の 『髪の毛や風が吹いただけでピリピリするような』 や 『身体の内側からガラスの破片が突き刺してくるような』 そう云った痛みは私はない。
あるのは、 『洋服による締め付けによる圧迫の激痛』 や 『身体の内側から筋肉の束を掴まれてツーっと引きつるような痛み』 、 『神経の一本を引き抜かれ、切られんばかりに走る激痛』 だ。

お陰で何年も前からだが、左足の動脈血を採取する場所辺りから痛みが走り、足の動きが悪く引きずって、びっこ(差別用語ですが表現法が解りません)を引いている。
診察室に入る時に 「こんにちは」 と言って入ると、医師が毎回私の足を見ている。
『ありゃぁ、まだ良くないねぇ』 と言われて、 「ん?そうですか?」 と私には自覚がない。
娘にも私が歩く後姿を見て、 『お母さん、左足が曲がってるよ』 と言われ、 「ああ、そうかなぁ」 と言われて初めて 「そうなのか」 と思うだけだ。
自覚してるのは、動きの悪さではなく、痛みだ。
痛いから動きがおかしいのか、動きの悪さの原因が何なのか私には解らない。



明日、通院予約日だが、行って何を話すのか思いつかない。
どこが、どのように、おかしい。と、どう説明しようが何も解決しようとしない、検査もしない、ただ実験(臨床)のためだけに話を聞くだけの医者に何を訴えればいいのだろう?
以前から 『手の施しようがない』 と言い、腹痛で救急で行っても6時間以上何も施さない医者に行って何の意味があるのだろう。

バカバカしい。
それしか思いつかない。
行きたくない。話したくない。話すことがない。
誤魔化してくれる薬を貰うために莫大な医療費と臨床観察を提供しに行くだけ。



嗚呼、無意味な通院。
目の前にある問題に対し、効果的な対策をしようとしない 『専門医』 と銘打つお医者様のお伺いを、まるで製薬会社の営業マンのように立てに行くだけ。

一体、私は何なんだ。
知ってるよ。
あんたはね、ただの実験ネズミだよ。

しなくても良い手術をこの時とばかりに施されたでしょ。まるで切腹したみたいな傷があるでしょうが。
無断で標本の為に撮影された写真を見ず知らずの医者に売買されたでしょ。
それが遠く離れた病院のホームページ上に掲載されているでしょうが。
そして、電子カルテに入力された 誰が書いたのか知らない手書きの紹介状に 『うつ病』 ってあるでしょ。
全科にお達しがされているのも解っているでしょ。
『この患者が救急で来た場合には、様子を見て患者本人が落ち着いて自分から帰ると言うまで、そっとしておけ。何か見つけたり、疑わしいものを見つけても検査するな』 ってね。




ああ、嫌だ。
その医者は医学雑誌の特集 『慢性疲労症候群』 に、患者は経済的状況から病気である事を離れたがらない。その証拠に検査群の1%にしか慢性疲労症候群特有の倦怠感が見られなかった。主観的ではあるが、立証し得る症候は殆どの患者に見当たらず、うつ状態は確認出来たケースの方が優位であった。疲労を主訴に来院される患者の生活や家庭環境の背景に問題があり、経済的状況が大きな問題として患者の中にある。そのような結果から、頑ななまでに通院を希望されるケースが後を絶たない。
そう書いた本人だ。


医者の見解なんか読むものじゃない。
誠意を持って、診察に当ってくれているなどと信じてはいけない。
受診する医師の人間性をよく見て、こちらも相手の社会的立場や考え方をよく観察し、会話を通してお互いの共同体制が図れる医師を選ばなければならない。
『専門医』 の名に踊らされ、あしらわれていることを念頭に置きながら、向き合うしか方法はない。

言いたい放題、こうして医者叩きの内容を書くのは、打てる手をわざと打たないからだ。
先日の薬疹の紅斑を 『かぶれたんだね』 と言うような馬鹿は、医者ではない。
その医師2人は3回も薬疹を見落とした。







ああ、もう嫌だ。
消化器内科で検査しなかったのは、膵臓だ。最後まで 『がん』 を疑って検査しようとしていたのに途中で結論を出した。
血液検査受けてない。やったのは動脈血採取の血中酸素量の検査だけなのだから、何も見つけられる訳ない。

0 件のコメント:

コメントを投稿