2012年11月26日月曜日

自分の日記からNo.2


『愛ある人生』



その想いをどれだけ与えられたかではない。
どれだけの人に、どれ程の愛を与えたかである。

人は愛を求めては不平不満を口にし、人生すらも与えてもらおうと
求めすぎる欲張りだ。
しかし、愛は自然とこちらが与えるともなく与え
そして、いつしか知らぬところで与えられているものだ。

そう、誰もが皆、生まれてきた理由を知らぬように
愛もまた、知らぬ間にやって来るものだ。

望むと望まざると生死と愛は、決して反比例しない。

意識的なものでは、決してないのだ。

上辺だけの感じ取れるような簡潔な愛も、また愛だ。
深々と感じるような愛を人は望みながらも、
一方で重荷に感じるような欲張りだ。


それでも、沢山の愛は人生を豊かにするであろう。

0:53 2010/06/06

自分の日記から


『そして』



あなたが思うほど、この世の中は素晴らしくはない。
あなたが考えるほど、この世の中は複雑ではない。

ただ少しだけ夢があるのかもしれない。
そんな期待をずっと小さな胸に抱きながら
そうして生きるのでしょう。

例えそれが、現実であれ無情な事実であれ
あなたは一筋の道を歩んでいる。
人生なんて思い悩むほど、重たくもなく、難しくもなく
ただ、ただ、ありのままにあるものだ。

思う存分悩めばいい。
思う存分泣けばいい。
そこから笑顔を見つければ、それでいい。

あなたが思うほど、あなたは捨てたものじゃないから。
いつか、きっと、ピーンと張り詰めた思いも
ゆったりとした時に変わると信じて。
今日もあなたは真っ直ぐに生きていく。
あなたらしく。

22:36 2010/07/09

2012年11月25日日曜日

もう何も要らない

何か欲しいかとか、

もう一度あの時に戻れるならとか、

生まれ変わったらとか、

そんなものない。

二度と生まれ変わりたくない。

何も要らない。

何も。

何も。

2012年11月24日土曜日

慢性疲労症候群、線維筋痛症について、はっきり言えること

慢性疲労症候群の確定診断が、容易くされないのは何故なのか、はっきり言えることがある。

それは、単なる 『疲れ』 や 『痛み』 のひどさではない。
病的な疲労感をどのように調べ、計測するのか?
やるべき事をだるさの中でも這いつくばってやり、やりたい事なんかはやっていられない程、すべてのエネルギーを仕事に費やさなければならない状態。
それでも、もはやこれまでと気持ちより何より先に、身体自身が動かなくなってしまう。
これが真実の 『病的な疲労感』 だ。

よく寝たきりでとか、起き上がれないほどのつらさと聞くが、病院に行けるか?
私は通院も度々キャンセルして、予約の取り直しをせざるを得ない。
その取り直した予約もまた、キャンセルして再予約することが多い。
そもそも、通院自体が最も優先しなければならない 『仕事』 であるのに、それすら出来ない。

やっとの思いで病院まで辿り着くが、病院の椅子で寝込んで、順番が来て呼ばれ診察室に入って医師と話す時には、経過と変化の報告をするのもやっとの思いだ。
沢山の慢性疲労症候群、線維筋痛症患者や膠原病の患者を見て来たが、その誰もが 『精気』 を失っている。
ぐったりとし、動かず、喋らず、おとなしく、ただ診察を待ち、終えれば、車椅子を押して貰っている人も自立歩行している人も、帰路の道のりを必死で考えているのがわかる。
この疾患の人の行動を表現するなら 『片道切符を握り締めているだけ』 だろう。
誰も晴れやかなほっとした表情などしていない。


故に、医師や世間などと戦う気力などある筈もない。
医師がどこを診ているのか?
それがこの身体的な 『精気』 があるかないかなのだ。
精神的な精気を失っているのは二次障害であって、だから反応性うつ病なのだ。


これだけの疲労感に襲われ、痛みに晒されれば、何も出来なくて当たり前だ。

  • 誰かと話す
  • 寝床から起き上がる
  • 飲食をする
  • 排泄をする
  • 入浴をする
  • 身支度を整える
  • 家事や身の回りの片づけをする
  • テレビを観る
  • ドアやふすま、カーテンの開け閉めが難しい

こういった当たり前の行動をすることすら、出来ない。
そこへ支払いのための外出、生活用品や食物の買い物、日常生活に最低限必要な行動も苦しい。
介護認定を受けても、そのヘルパーさんに指示する会話すら出来ないほど、何も出来ない。
私はそれが疲れるから、頼まない。
『ゴミが溜まって、風呂に入らないで死んだ人間は居ない』
昔、母の循環器内科の医師が言った言葉だ。

そう思うから、やれるようになるまで放って置く。
やれるようになったら、一週間掛けて洗物をする。
掃除を一箇所づつやる。
お風呂?そんなの一ヶ月に一回。洗髪だけ月に二回出来れば良い方だ。
それでも、出来るのだから、私は寝たきりだとは思っていない。



しかし医師に状態を話すと、それは寝たきりの状態なのだと言われる。
だから、はっきり病的疲労感とはどういう状態なのか理解出来るし、また確定診断を慎重に行う医師の姿勢も理解出来る。

それは精神症状が優先して疲労感や行動を制限されているのか、身体症状が優先して制限(強制)されているのか非常に重要な問題点だからである。

誰にでもある、憂鬱感はバイオリズムの幅はあって当然。
生活上の問題、家庭環境、職場環境、人間関係、様々な問題によって、簡単に人は憂鬱に捉われ、ストレスに晒される。
しかし、慢性疲労症候群に言えるのは、その様な事を患者本人が苦にしておらず、一言目から 『動けないつらさ』 を訴える処に無意識のストレス(無自覚なストレッサー)が隠されていることだ。


PS(パフォーマンス・ステータス)値の差にもよるだろうが、一貫しているのは、この 『動けないつらさ』 や 『やりたい、やれない、やらなきゃいけないのに、出来ない』 だ。
以前の記事に書いた、『慢性疲労症候群と線維筋痛症の症状の伝え方』 にあるように、ひどいインフルエンザ状態で何が出来るのか?
是非とも想像してみて欲しい。

確定診断を受けたとしても、365日ずっと起き上がれない訳ではない。
365日何も出来ない訳ではない。
いまの自分は、ひどいインフルエンザの日なのか?
いまの自分は、ひどいインフルエンザの罹り始めなのか?治り始めなのか?
必ず、インフルエンザは一週間以内に軽快して、出勤や登校出来るようになる。
その7日間のうち、2~4日目が一番ひどい時期なのは、誰にでも思い当たるだろう。
いまの自分は、何日目なのか?
自分を知るひとつの大変良い目安になるだろう。

この、ひどいインフルエンザの7日間の中で365日を生きる私だからこそ提言する。



自分を弱らせるのは簡単なこと。
本当に自分は、慢性疲労症候群なのか?線維筋痛症なのか?
本当にずっと車椅子がなければ移動できないのか?


更に問いたい。
もし、いま大震災が来て自分は逃げられないと確信しているか?
私は、逃げられないと確信している。でも、絶対に逃げるとも確信している。
守るべき命があるからだ。 

2012年11月22日木曜日

面白いお医者さん あれこれ

憂鬱な話題ばかり書いてきたので、ちょっと面白いお話をひとつご紹介。
人間、長く生きていると色々あって、私はどれぐらいの数の医師と出逢ってきたのか、もう数えられない。
私自身と母の出逢った人の数は、計り知れない人数になる。



  1. 自分が心臓を刺して入院した時の研修医の先生のこと。
    意識もしっかりしだし、会話も多少出来るようになっていた、ある朝、血中酸素濃度を測るため動脈血採取に担当医に同行してきた研修の学生さん。
    担当医が足の付け根から採取しようと注射器を片手に、
    『手袋して。はい、じゃあ抑えててね。』 と言ったら、何を勘違いしたのか先生の顔と私の顔をキョロキョロ見て、私の肩を両手で抑えた。
    私は心の中で 「おいおい、抑えるところ違うよ」 と思っていた。
    同時に担当医も同じ事を思っていたが、採血は技が必要なため黙って続行。
    そして、 『はい、良いって言うまでココ抑えててね。』 と言った。
    そうしたら学生さんも 『嗚呼そこ !?』 と言わんばかりに勘違いしたのに気付いた。

    話すのが面倒じゃなかったら言いたかったね。教えてあげたかったね。
    「もしもし?自殺未遂の患者だからと言って、誰も彼もが気が触れてしまってるんじゃないよ。事前にもう少し、患者情報見ておくなり、指導医にきちんと説明受けようね。」
    おもろい。笑い事ではないし、笑ってはいけないけど、おもろい。

    担当医も私も、ニヤっとしたのは一瞬の目配せだった。
    まあ、研修生も最初に変だなぁという表情をしたのは確かだった。

  2. 近所の耳鼻科の開業医の先生のこと。
    その病院は、この地域では珍しく 『医師取得免許のお面状』 をきちんと額縁に入れて掲げている。
    東京では、殆どの病院で当たり前のことだ。
    昔から、耳鼻科医と皮膚科医は何となく寡黙な変わり者が多い印象がある。
    もれなく、その先生も変わり者の様相で、言葉を話す、聞くより先に診察の手が動き出す。
    しかし、きっちりとこちらの経過を聞いている。
    作業をしながら、カルテに書きながら、私が 「なんか、凄く痛いって言ってて(娘が)」 と言うと、 『ああ、これは痛いよ!うん!」 と、へぇ~と納得させる言い方をする。
    でも、いきなり 『はい、あっち向いて』 と指示し、いきなり何の説明もせずにズボっと耳に消毒の棒を差してくるし、 『んじゃ、こっち』 と言って鼻にズボっとエアブラシのような器具で何かをする有様。
    ビックリするよ。怖いって。
    でも、その洞察力と観察力は、かなりのものを感じ、行けば必ず治る。

    私、この先生の腕、確かだわ!といつも思う。
    その決め手がこの一言。
    「皮膚にデキモノが出来てるし、扁桃腺かリンパ腺みたいな所が痛いから、皮膚科なのか内科なのか何処に行けば良いのか迷ったんですけど…耳・鼻・喉で耳鼻咽喉科なのかなと思って」
    と、聞いてみたら、

    『首から上の事は、耳鼻科で正しいんだよ。』

    なるほど。武道の一本!でしたね。

  3. 近所の不定期な診療日で開業している皮膚科の先生のこと。
    この先生、かなり年配。しかも笑顔ない。
    でも、奥さんが婦長さんと助手をしていて、無愛想な先生の代わりに笑顔で丁寧に処置をしながら、治療の説明をしてくれる。
    その間、患者から経緯や症状を先生は聞き取る。

    私が初めて自分で、 「もしやコレは薬疹という奴か?」 と疑って、思い当たる薬を中止して、症状がだいぶ良くなったが中々治らず行ったのが始まりだった。

    事情を説明して、これ以上治って行かなくて困ったから来たと伝えると、
    『うーん!偉い!お見事。』
    と、言って薬疹を特定するのは難しく、医者でも中々重症化しないと見つけられないんだよと話してくれた。
    言われた通り、塗り薬を塗ったら綺麗さっぱり完治しました。
    そこは、先生お手製の配合した塗り薬と、ガーゼに貼付してサランラップで巻いた湿布状の患部に切り張りするものを処方する、面白いお医者さん。
    しかも偏屈そうな先生は、義務教育までの子どもには診察が終わると、机の引き出しから駄菓子を何種類か 『はい、コレあげる』 と言ってご褒美をくれるんですねぇ~♪

    お陰で、地域の頼りになる先生として診察日は大勢の老若男女で、一時間待ちなので、皆さんかって知ったる台所で、ノートに順番予約の名前だけ書いて受付に一言言ってどっか行っちゃいます。

    ※ちなみに先生のこと調べたら、昭和44年に発表した印刷不可能な専門的な論文の数々が出てきました。すごいわ。どうりで熟知してるってわけか、と納得でした。

    もっと、こう云った開業医が居たら良いのに。昔は居たのにと残念な思い。

この 『面白いお医者さん あれこれ』 はシリーズで少し書いてみようと思っています。
宜しかったら、読んで見て下さい。

2012年11月21日水曜日

定期通院に行って解ったこと

『何かあった時の備えとして』 通院している病院は、概ね3ヶ月おきの予約通院だ。

そして行って来ました。
嫌々ながら、ぼーっとしながら、行って来た。


前回受診時の電子カルテを見ながら、皮膚科のことを尋ねられた。
私は今までになく、物凄く不機嫌な態度と言葉で、話にならないと言い、携帯に撮影しておいた写真を見せた。

「これの、どこがカブレなんですかぁ?」
「明らかに薬を飲み始めたら始まって、いつも起こす薬疹と同じ症状だったんですよ」

『で、皮膚科の先生は何だって言ってたの?』
と、聞かれたので答えた。

「発端や経緯を幾ら説明しても、全然取り合わなかったですよ。その医師は、これで3回目ですから、言っても無駄ですね。」

すると 『血液検査とか皮膚生検やパッチテストはしなかったの?』 と聞かれ、
「全然。初めからやる気ないですもん。前もそうやって薬疹を見落として、他の医師が断定しましたし、これ出しとくから塗ってと言って、沢山処方されただけです。」

写真を見て、 『んー、かぶれの状態ではあるねぇ。』 と言うので、

「いや、でも明らかでしょ。今こうやって治ってるのは飲むのを止めたからですよ?塗り薬なんか一回も塗ってませんから。」
「しかも、前に薬疹を起こした時の残りを見たら、全部2週間掛けて頓服で10回飲んで残ってましたし、飲み始めて出て、中止したら消えたんですから間違いないでしょ。」

かなり、そこの病院の皮膚科は藪医者だと言わんばかりに不貞腐れた態度と会話をした。
そして主治医は何て言ってたのか?と言われ、
「同じ仕組みの薬だし、作用する場所が似てるから薬疹だねと言ってました。」 と答えた。

担当医は、 『それから、まだ痛みが続いてるけど、もういいやって事かな?』 と言うので、
「はい、打つ手がない、聞く耳もないんですから、どうしようもないなぁって我慢してるだけです。」
と、答えた。


そして、ようやく本題の診察。
今、飲み続けてる薬はどうかと聞かれ、頓服で出されたものは結局効き目が1時間ぐらいしかないと話すと、量を増やしてやってみようという話になった。
もう一人の医師と相談している内容が聞こえたので、

「先生、薬局でしか売ってないんですが、アリナミンVVってあるんです。Vは安くてただのドリンク剤なんですが、VVは倍の値段して、今日はどうしても学校やら役所やら行かなきゃいけないって云う時に私飲んでたんですよ。それは一日1本しか飲んじゃダメなんです、その代わり身体が、ぐぅーっと持ち上がるように動けるんです。」

そっか!と言って、 『これは対処療法になるんかねぇ?』 ともう一人の医師に確認し、 『そうですね、対処療法です。』 と言われていた。

それで解った。
私は一応治療を受けていたんだ、と。
しかし治療内容は、緩和ケアなのも解った。


残念ながら、慢性疲労症候群、線維筋痛症とは別の病気の緩和ケアだった。
やっぱりね。
説明された。

『その病気に対しての治療や薬を使うと、あなたの身体の症状がもっと耐えられなくなって、悪化するから出来ない。』
やっと、きっぱり話してくれたかと思った。



16年前に肩を脱臼してから何回も繰り返し、完全に後ろに外れて救急で整形外科に行った時に聞いてみたことがある。
人工関節置き換え術はどうですか?と。
すると、 『その手術にあなたの身体は耐えられないし、リハビリがもっと耐えられない。その上、今の病気を悪化させるだけだから、外れたら痛いけど、こうやって何回でもはめている方がよっぽど幸せな生活が送れるからね。』 そう言われたことがあった。

なるほど。
今日ほど、自分の面白くない思いをはっきり言った日はない。
今日ほど、そんな正直な自分の感情に従った態度をしたことはない。
それが功を奏した訳だ。


でも妙な事に、先日の長女の一件を話してて、 「診断名も病名もどっちでもいい」 と言ったら、担当医は 『いやいや!!!診断名は大事だよ!』 と言い、 「アスペルガーもCFSもFMSも同じ様な処の脳の働きが悪いんですよね?だから診断名は大事なんですか?」 と聞き返しつつ言うと、
おっと・・・担当医が違う事を言ったのだ。
『何言ってるの、全然違う違う!』 ですと。
あれ?じゃあ、誰の言ってる事が正しいの?

「先生、あっちではアスペルガーは似たような部分が悪いって言ってて、娘はCFS、FMSじゃないって言ってますよ?私には解りませんねぇ?」
「じゃあ、熊大で診断されたのは間違いですか?それは誤診で何だったんですか?誰が本当のこと言ってるんですか?」
と聞けば、答えあぐねていた。

そして、 『娘さんによく病気のこと話してあげて、ね。』 と頼まれた。
何だ?それ。
私がベテランだとでも?
そんな事はどっちでもいい。
先生の言いたい事、頼みたい事、解りますよ。
先生も伊達に教授じゃないですし、私もそれなりの長い経験を持っていますからね。


帰宅して、娘たちと夕食を食べながら話した。

要は、昔は薬局行って、ビオフェルミンと正露丸買ってきて、後はオロナインでも塗っときゃ良かったんだよ。
あとイソジンガーグルね。
それで何とかみんなやってきてたんだけど、こりゃどうも医者に行って治して貰わないとダメだなって思ってから行ったわけさ。
それが今じゃ、温暖化や新型インフルエンザなんて気候や菌があまりにも変わりすぎちゃったから、人間が自然について行けないんじゃん。
で、精神的にも弱っちゃったから、自分で治そうとかしないで、すぐ何処でも医者に掛かるでしょ?
そうやって、病名付けて貰って、薬出して貰って安心してるんだよね。

本当は診断名が付くような病気ってそうは起きないのが、普通でしょ。
お母さんみたいに、病名すらなかった時代は、結局何だかんだ誤魔化しながら、やり過ごすしかなかったもんね。

まあ、そういう事だわ。
いつも言ってるように、メンタル、メンタルって五月蝿いんだよね。
すぐ病院行って薬貰って、 『私は何々だから~』 とか病名とか診断名言っちゃって、言えるのは病気じゃないって。
実際の病気の人は、そんな事を言う前に 『ちょっと、この辺が調子悪くてね』 くらいしか他人に言わないって。
お母さんなんか、未だに自分の病気のこと、どんだけ勉強しても結局自分で解んないもん。
「え?そうなんですか?」 ばっかじゃん。

ま、そう考えれば毎日あの大学病院に何人も患者が溢れてるのは、やっぱ変だよ。
だってさ、化粧してるは、シャキシャキ歩いてるは、さっさかお喋りしながら帰るわって姿おかしいじゃん?
大学病院って、前も言ったけど重病人しか来ない所なんじゃないの?
あとは町医者で間に合う話じゃないの?そうじゃなかったら、よっぽど病人だらけって事だとしか思えないね。




これが当たり前だと思う私は、時代錯誤だろうか。
人間の自然治癒力をダメにしているのは、合成剤と自分自身だ。
歯医者に喜んでみんな行きたがらないでしょ?
なのに、何で他の事なら 『診てくれ、診てくれ』 って行くのかなぁ。
私なんか行きたくありません。
医療従事者には成りたかったけど、患者には成りたくないです。絶対に。

緩和ケア・・・ねぇ。
なるほどでした。
喧嘩した甲斐があったかな?
だって、次回も私は予約されたんだから、病気なんだ。
自分で麻薬パッチ手に入れる方法を考えた事もあった。
シリンジや静注射液買おうともした。

でも、やらなくて良かった。
そんな通院日だった。


2012年11月20日火曜日

軽快もせず、未だ続く腹痛 慢性疲労症候群、線維筋痛症の通院の意味

2~3日おきにまだ腹痛の激痛は続く。
先日、通院先の診察の待ち時間にも襲ってきた。

痛みの限界を超えると、無意識に大粒の涙が溢れてくるのはずっと前からあったことだ。
耐え切れず、婦長さんに頼んでベッドで寝かせて貰ったが唯堪えて診察を待つより手立てがない。
診察を一番最後にしてもらい、主治医に状態を説明すると言われた。
激痛を抑えるには 『トラムセットしかない』 でも薬疹を起こすから使えないし、しかも海外では 『トラマドール』 単体で処方できるのに日本では 『癌』 だけしか認証されていない。と。
その通り、何度も頼んでいるが、アセトアミノフェンなんか、唯の解熱しか出来ないのだから、トラマドール単体を出して欲しい。それさえあれば、効果はいいのだから。


麻薬パッチは、 『癌』 に限られている。
本当は慢性疲労症候群も線維筋痛症も、苦痛を取り除くには適した薬剤だと私は思う。
一般的な鎮痛剤では効果は何もなく、精神科で処方される安定剤や鎮静剤は脳神経の働きを誤魔化しているに過ぎない。
所謂、似せ薬、プラセボ効果でしかない。

それが証拠に、不思議な事にノイロトロピンは長く飲み続けなければ効果は得られないが、鈍痛には穏やかな効き目を実感する。
こんな私は、ちょっとやそっとの痛みには慣れている。
大怪我をしても、堪えられる。
しかし、どうにもこの鈍く、筋肉の組織をまるで鷲掴みにされ捻られているような痛みだけは抵抗できない。

よく聞く線維筋痛症の 『髪の毛や風が吹いただけでピリピリするような』 や 『身体の内側からガラスの破片が突き刺してくるような』 そう云った痛みは私はない。
あるのは、 『洋服による締め付けによる圧迫の激痛』 や 『身体の内側から筋肉の束を掴まれてツーっと引きつるような痛み』 、 『神経の一本を引き抜かれ、切られんばかりに走る激痛』 だ。

お陰で何年も前からだが、左足の動脈血を採取する場所辺りから痛みが走り、足の動きが悪く引きずって、びっこ(差別用語ですが表現法が解りません)を引いている。
診察室に入る時に 「こんにちは」 と言って入ると、医師が毎回私の足を見ている。
『ありゃぁ、まだ良くないねぇ』 と言われて、 「ん?そうですか?」 と私には自覚がない。
娘にも私が歩く後姿を見て、 『お母さん、左足が曲がってるよ』 と言われ、 「ああ、そうかなぁ」 と言われて初めて 「そうなのか」 と思うだけだ。
自覚してるのは、動きの悪さではなく、痛みだ。
痛いから動きがおかしいのか、動きの悪さの原因が何なのか私には解らない。



明日、通院予約日だが、行って何を話すのか思いつかない。
どこが、どのように、おかしい。と、どう説明しようが何も解決しようとしない、検査もしない、ただ実験(臨床)のためだけに話を聞くだけの医者に何を訴えればいいのだろう?
以前から 『手の施しようがない』 と言い、腹痛で救急で行っても6時間以上何も施さない医者に行って何の意味があるのだろう。

バカバカしい。
それしか思いつかない。
行きたくない。話したくない。話すことがない。
誤魔化してくれる薬を貰うために莫大な医療費と臨床観察を提供しに行くだけ。



嗚呼、無意味な通院。
目の前にある問題に対し、効果的な対策をしようとしない 『専門医』 と銘打つお医者様のお伺いを、まるで製薬会社の営業マンのように立てに行くだけ。

一体、私は何なんだ。
知ってるよ。
あんたはね、ただの実験ネズミだよ。

しなくても良い手術をこの時とばかりに施されたでしょ。まるで切腹したみたいな傷があるでしょうが。
無断で標本の為に撮影された写真を見ず知らずの医者に売買されたでしょ。
それが遠く離れた病院のホームページ上に掲載されているでしょうが。
そして、電子カルテに入力された 誰が書いたのか知らない手書きの紹介状に 『うつ病』 ってあるでしょ。
全科にお達しがされているのも解っているでしょ。
『この患者が救急で来た場合には、様子を見て患者本人が落ち着いて自分から帰ると言うまで、そっとしておけ。何か見つけたり、疑わしいものを見つけても検査するな』 ってね。




ああ、嫌だ。
その医者は医学雑誌の特集 『慢性疲労症候群』 に、患者は経済的状況から病気である事を離れたがらない。その証拠に検査群の1%にしか慢性疲労症候群特有の倦怠感が見られなかった。主観的ではあるが、立証し得る症候は殆どの患者に見当たらず、うつ状態は確認出来たケースの方が優位であった。疲労を主訴に来院される患者の生活や家庭環境の背景に問題があり、経済的状況が大きな問題として患者の中にある。そのような結果から、頑ななまでに通院を希望されるケースが後を絶たない。
そう書いた本人だ。


医者の見解なんか読むものじゃない。
誠意を持って、診察に当ってくれているなどと信じてはいけない。
受診する医師の人間性をよく見て、こちらも相手の社会的立場や考え方をよく観察し、会話を通してお互いの共同体制が図れる医師を選ばなければならない。
『専門医』 の名に踊らされ、あしらわれていることを念頭に置きながら、向き合うしか方法はない。

言いたい放題、こうして医者叩きの内容を書くのは、打てる手をわざと打たないからだ。
先日の薬疹の紅斑を 『かぶれたんだね』 と言うような馬鹿は、医者ではない。
その医師2人は3回も薬疹を見落とした。







ああ、もう嫌だ。
消化器内科で検査しなかったのは、膵臓だ。最後まで 『がん』 を疑って検査しようとしていたのに途中で結論を出した。
血液検査受けてない。やったのは動脈血採取の血中酸素量の検査だけなのだから、何も見つけられる訳ない。

2012年11月8日木曜日

慢性疲労症候群、線維筋痛症と膵臓の症状

医者が私の事を 『慢性疲労症候群と線維筋痛症に拘っている』 と皆言う。
拘っているのではなく、22年前に確かな思い当たる節があって、散々診察を受けた結果、今の主治医を探し当て、入院精査を受けた結果、どの病気を疑っても辿り着くものが慢性疲労症候群と線維筋痛症しかないだけだ。


過去の記事で 『慢性疲労症候群と線維筋痛症患者の結末』 と書いたものに、私の辿っている経過を書いた。

私は、昨年(2011年)の12月から変な腹痛を起こしている。
度々、突然の激痛に襲われて、ひどくなりだしたのが今年(2012年)の2月ごろだ。
その症状は、
・突然始まる腹部の激痛
・みぞおちから左肋骨深くにかけての腹痛
・背部痛
・あまりの痛さに、身体を丸めてのた打ち回る状態
・左側を下にうずくまる

これが何なのかインターネット、家にある家庭の医学の本で調べた。
結果、 『急性膵炎、慢性膵炎、膵臓癌』 の症状だった。
何度も、検索語を 激しい腹痛 左側 背部痛 と入れて調べたが、やはりどうやってもヒットする病状は、膵臓に関するものばかり。
その中に、胆石や胆嚢と出てくるのだが、私は12年くらい前に、 『胆嚢ポリープ、胆石』 とかかりつけ医に言われ治療を受けた事がある。


結局、いま通院している大学病院の消化器科で腹部CT、X線レントゲン、胃カメラ、血液検査を受けたが、 『胃潰瘍および十二指腸潰瘍の活動期』 と言われ、胃薬を2週間分出されて治療は終わった。
それからも何度となく、この変な同じ激痛を起こしているのだが、特に拒食症になったわけでも、食生活が変わったわけでもないが、どんどん体重が落ちていっている。
元々、食べると疲れることもあって、 「一日一回の楽しみ」 とか言って、娘たちと食べる夕食くらいしか食べていなかったし、食べる量も小学生の子ども分くらいしか食べられなくなっていた。
それでも、体重はそれほど激減せず、いままで55~9kgくらいは維持していた。

それが、この腹痛を期に1ヶ月、1週間のペースで9㎏落ち、いま50kgになった。
体重だけを見れば、そんなに痩せてないように誰もが思うだろう。
私の身長は、以前158cmあったが、今は156cmと2cm縮んだ。
こんな状態になる前、小学6年生までは、痩せの大食いでとてもスリムだったのが体調が可笑しくなってから、一気に70kg近くまで太った学生時代のデブライフだったのだ。
高校に行ってから、バレボール部に入り運動をしたお陰で、一学期で64kgまで痩せた。

しかし、それからどんなに運動をしても60kgを切ることはなかったのに、30歳を過ぎた頃から一ヶ月単位で、10kgの痩せとリバウンドを何度も繰り返す、ストレス太りと痩せに戻ることが何度かあった。
お洒落が大好きな私は、若き頃につるしの服でサイズがないために苦労した。
お陰で、今では痩せた時のサイズから太った時のサイズまで、選り取り見取りある。
それでも最高で痩せた体重は、52kgだったのが、成人して初めて目にしたのが50kgだ。


あの重症薬疹のステロイド療法の時ですら、妊娠の時ですら69~72㎏にしかならなかったのに。

一気に3ヶ月で8kg痩せていき、今は一ヶ月で1kgづつ落ちていく。
この一ヶ月は、娘の事もあって動く事が多く、身体がエネルギーを欲するのか、一日に3食食べることもあるのに、増えない。
カロリー計算をすると、基礎代謝量以下しか摂取していない。


突然起こる腹痛の特徴は、夕食を終えて2~3時間後あるいは食べていなくても、大体夜、娘とテレビを見たり団欒している時に突然襲われる。
その痛み方は、 『まるで、いきなり刀でズバッと一気にみぞおちから左の背中目掛けて、貫かれたような状態』 これが特徴で、毎回同じパターンなのだ。
それを、医者にいくら説明しても理解されない。
翌日は、左の肩甲骨部分と左腕がだるく、痛い。全身がすごくだるく、動けない、起き上がれない。


変でしょうが。
胃薬(タガメット)を一日2回飲んで、心臓の働きを助けるためにアデホスコーワ(胃薬でもある)を1日3回飲んでるのに、何で胃が痛むの?
それで前に救急で行った時に出されたガスターを頓服で自分で飲んで、何とか痛みが治まる状態って可笑しいでしょう。
みぞおちの所に、触って解るしこりがあって(2cmくらい)、医者に押されて 「ああー!」 って痛がって、 「これ何ですか?」 と聞いたら、 『んー、そこは太い動脈が通ってるからねぇ』 って説明変でしょ。
だって、どんなに太い動脈でも、押されて痛い訳がないし、2cmくらいの太さある訳がないでしょうが。

どう調べても、胃潰瘍でも十二指腸潰瘍でもなく、膵臓しか出てこない。
長女が、調べてくれてわかったこと。
『十二指腸の出口に胆嚢からの管が通っていて、胆汁が出て普通は流れるのに、そこに胆汁が通れなくなって溜まったのがしこりになると、激しい痛みが起きる状態。慢性膵炎を繰り返した結果』
だ、そうだ。


だから、言ってるでしょ。
どうして慢性疲労症候群の死因に、癌、心不全、自殺って書いてあるの?って。
何で癌が死亡原因だと解ったの?
何で心不全が死亡原因だと解ったの?
WHOが発表している診断基準と死因なのに、どうして日本の医者は調べようとしないの?

別に慢性疲労症候群や線維筋痛症だからって病名なんか度外視して、いま起きている異変を調べてよ。
明らかに膵臓に何らかの異常があるって解っているんだから、調べてよ。せめて疑って調べて、消去法で、 『違う』 ことくらい証明出来るでしょ。
それを何もせずに、CFSだから、FMSだからで片付けないで欲しい。



私は、あと何回こんな激痛を味わって行けばいいのだろう。
あと、どれくらい痩せていけば医者が 『うわ!これは異常だ』 と感じてくれるのだろう。
黙って、厄介な患者扱いされたままで、膵臓癌になって、死ぬんですか?
ただでさえ、患者に自覚症状が現れた場合には末期の状態と言われている膵臓癌なのに、これでも私は、慢性疲労症候群の不定愁訴で、ストレスが原因だと立証も出来ない医者に見殺しにされるんですか。


実は、昨晩そうだった。
私が、こうして這ってでも書き残すのは、証拠を残すためだ。