2012年12月6日木曜日

救急車で病院へ 公言できぬ事実に悩む医師と私

4日程前、いつものように突然の腹痛が4時間も続き、いつまで経っても痛みは治まらなかった。
痛みの波はあるものの、その激痛は変わらない。

娘が何か対処しようと、傷の癒着が原因で腹痛が起きているのかもしれないと、腹部を揉み解してみたり、背中を摩ってみたりしたが一向に治まる気配がなかった。

私が、 「多分、詰まってるとかじゃない。違う。」 と言って、 「いいから、どうにも出来ないから放っておいていいから」 と言った。
心配する娘は何度も 『救急車呼ぼうか?』、『ねえ病院行こう?』 と言ったが、拒否した。


しかし、いい加減4時間も過ぎて痛みにのた打ち回り、意識も朦朧として、言葉も出なくなってきた私を見かねて、救急車を呼んでくれた。
かかりつけの大学病院まで搬送された。

今回は流石に、病院側も血液検査や大腸検査、腹部X線検査をして、点滴を打っていた。
やはり血圧は78-42、脈拍60、体温37.8℃となっていた。
もう、左足はびっこを引いて、殆ど動かず歩けなくなっていたのは、この3ヶ月ずっとだ。

一応、意識ははっきりしているから、救急隊や医師の声掛けにも質問にも答えてはいたが、私の頭の中は大混乱していた。
ただ、質問された事に対し、的確な答えを探して答えていただけだ。
自分の痛みや、いつ頃、どうして、など伝えたい言葉は何も出てこなかった。


レントゲンの結果は、腹部に何も詰まっておらず、むしろガスが充満している状態だと言われた。
医師が首をかしげていたのは、ガスが充満しているのに腹の張りが一切なく、下痢もしておらず、腹膜炎や虫垂炎に特徴的な細菌も見つからなかった状態だ。
みぞおちの変なしこりを、 『これは何だ?』 と触診し、エコーをするも何かあると思い当たりつつ、それが何かは不明とだけ言っていた。

次第に痛みが治まり、点滴も終わりに差し掛かった処で、 『医師がとりあえず様子を見ましょう、家に帰っても、また痛みが起きたら何度でも救急で来て下さいね。』 と言うので、私は質問し返した。
「何度でも?痛む原因が何も解らないのに、来る意味はありますか?」 と聞くと、医師は 『痛み方が前回とは違うし、何が原因になるのかはその時で違いますから、万が一、一刻を争うような場合だったりしたら困るからね。解りますか?』 と言った。
私は、ああそうか・・・盲腸だったりしたら放っておいたら死んじゃうもんねぇと理解した。



血液検査の結果をもらい、説明され、一般検査で解ったことは栄養失調を起こしているだった。
ビタミンB12欠乏、グルタミン酸濃度低下、肝機能低下。
私は結果を聞かずとも解っている。

食べても食べても、栄養が吸収されず、どんどん痩せて行っているのと、もう既に 『一日一度の楽しみ』 はなく、食べたいと思っても食べられないし、食事は2日に一度か3日に一度、一食くらいしか摂れなくなっている。
たまに、食べなきゃと思って一食食べようにも、体力がなくて噛めない、消化できない、何より入っていかない。
別に拒食症でも摂取障害でも何でもない。

兎に角、食べても体重は減るか増えない状態だから、検査結果は当然のものだ。




さあ、ここまで来て私はどうなっているのだろう。
1日3回の常用になった強壮剤は、相当強いものであり、その薬剤単体では通常使用も処方もされないものだ。
それを服用しても体力は落ちるばかり。
体力をつける薬も出され、心不全改善薬も出され、全身の働きを維持するような意味の薬剤を処方されて、少しは楽だが起き上がれない、この身体。
要するに、虚弱体質の高齢者に対して使用するものを何種類か出されているが、追いついていないのが現状。

私にはそれが何を意味しているのか解っている。
もう、そろそろ来るべき時が来る。
薬疹で命取りになるから、痛み止めが使えない事なんか取るに足らない問題。
人間、食べられなくなって来たらお終い。
それが病気のせいであっても、加齢のせいであっても。

慢性疲労症候群の死因が、癌、心不全、自殺とあるように、私にこの内の何が原因になっているのか私は知っている。
憶測でも想像でも妄想でもない。
はっきり、一言 『知っている』 とだけ書いておこう。



先日Twitterで、交流のない人から 『命がけで育ててくれたお母様に感謝して、受け入れましょう』 と、リプライされ、私が 『上っ面の同情を掛けるな』 と返信した事で相手と相手方のフォロワーが、このブログのある一面だけを見て、自分たちのTL上で、私の事をこう言っていた。

『自分が一番大変と思っているだけ』
『辛いんですアピールをしたいだけで、死にたいツイしたんでしょ(笑)』
『患者同士と痛みや辛さを分かち合う気がない、自己中心人間』
『キリストが身を削って、差し出したパンすらにも小さいだの、汚いだのとケチを付けるようなものだ』
『わずかな差し出された助けの手をも振り払って、俺の言う事に口出しするなって言う奴だな』

と、散々影で言いたい放題、叩き合って居たが、そんなに事実が知りたいのか?
無残で無情で、非情な現実を見たいのか?
それは誰のためだ?

私が返答した文章はこれだ。
【@・・・・歯の浮くような一般論で慰めようなど上っ面の優しさはただの自己満足で。あなたが、誰かを励ますことによって、自分が救われたい、そして自分が『あなたのお陰で気持ちが楽になった』とお礼されることによって得る優越感があるから、親への感謝なんかで説得しようとする。】



『ある病名の末期状態』 これによって手の施しようがない状態になっている。
こう、表明したら何か納得するのか。
納得したら何か得るものはあるのか。
これが、何かの役に立つのか。
こんな状況にいま、私が置かれていると知って、誰か何か励ましたり、慰めたり、同じ病名の患者同士仲良くして情報交換して、私の現状は改善され、延命に希望が持てるのか。

自己紹介文にも書いてあるように、誰かの為に役に立てるように書いている訳ではない。
ただ、経過をできるだけ詳細に書き残す事で、いつか慢性疲労症候群患者の参考になる筈だ、もっと本当の目的を言うならば、自分の娘に 『遺伝性』 が指摘されている事で何年後かに、この私の経過資料が必ず役に立つ時が来ると思って、書いているのだ。


はっきり言いましょう。


  • 甘えるのをやめなさい。
  • 泣き言を言っている暇があるなら、身の回りのゴミのひとつでも拾う努力をしなさい。
  • どんなに動けなくても、つらくても、トイレに行った帰りに足元のゴミくらい拾って捨てなさい。
  • 精神科でもらう精神安定剤の量を最小限に減らして、憂鬱と向き合って戦いなさい。
  • 人々が当たり前にしている日常生活を送るように、当たり前のことを自分でやりなさい。
  • 人を宛てにして、頼るのをやめなさい。
  • 働こうとする意欲を 『うつになるから、症状がひどくなるから』 と病気のせいにして自分から捨てるのをやめなさい。
  • 患者会のシンポジウムに参加したり、準備に費やせる労力があるなら、自分のことを自分できちんとやりなさい。
    そんなエネルギーがあるなら、週に1回3時間でも、働こうと努力しなさい。
  • 障害者手帳の取得や、介護手帳の取得に頭をひねる暇があるなら、どうやったら自分で稼げるのか考える事に頭を使いなさい。
  • 患者会の会費を払えるなら、それを医療費に充てなさい。
  • 生活保護の条件に該当するのかどうか、病名を利用できるのかなどと、考えるのをやめなさい。
  • 自堕落に、病気を言い訳にして、自分を甘やかす事をやめなければ、何も改善されない。
  • 医者やカウンセラーに寄り掛かることばかり考えず、病気の資料や診断基準の知識ばかり頭に入れて自己暗示に掛けている事に気付かなければ、病状は思い通りに悪化するだけだと思い知りなさい。



『当たり前のことを当たり前にやる』
『自分のことを、自分できちんと出来る人になりなさい』

散々、努力してどんなに訓練しても、どうにもならなくなって、頼らざるを得なくなっても、最低限自分の事を自分でやる努力をし続けることを決して忘れてはいけない。
それが唯一、自分を助けることに繋がる。

『死ぬまでにやりたいことリスト』 を作れと医者に言われた時には、私は既にもう、やり終えた後だった。
その時の答えは、
『当たり前のことを当たり前にやれる人になりたい』 だった。


遺言公正証書を作らなければならないようになった経験のある患者の気持ちなど、誰にも解るまい。
未成年の子どもと、老い先が短く何重もの病気を背負って生きる親を残して、逝く私の気持ちなど解って欲しいなんて誰にも思わない。
私の娘たちは、私の死期を知っている。
もう既に、遺言書や死んだらどうするのか、私たちは何年も前から話し合っている。
これが本当の現実と向き合う生き方であり、娘たちは必要以上に私を過保護にしないし、臨機応変に歩ける時、歩けない時の対処をしてくれ、一緒に洋服を見立ててやったり、映画に行ったり、美術館に行ったり、ライヴに行ったり、学校の懇談会に行ったり、何でも行動している。
病気であれ、健康であれ、人はいずれ死ぬのだから、生きている内に何でもやる。


成すべき事を成せ

2012年12月1日土曜日

果てしない自分

この果てしないものは、いつまで続くのだろう。

体中を襲う、この痛み。
痛む場所によっては、もう切り落としてしまいたいくらいの痛み。
それが続くだけじゃない。
どんどん増していく一方。


どこまで耐えればいい?
いつまで耐えればいい?


苦痛はいつかは、時が経てば和らぎ、やがて消える筈なのに。


今まであったものが更にひどくなり、更に新しい痛みが襲う。
一体、何をどう耐えればいいのか、わからない。

例えるなら、歯医者で抜歯した後の激痛を痛み止めなしで耐えられるのか?
32本ある歯の1本づつ、麻酔なしでペンチで抜き、痛みが治まりかかるのを見計らっては、また抜かれるような、そんな痛みに耐えられるのだろうか。


身体を引き裂かれる思いを背負いながら、精神だけは正常・健全で居られるのだろうか。
それで日常生活の問題を解決し、また一難去って、また一難と次々に起こる問題。


私の身体の戦いは永遠に続き、この果てしない生活の問題や痛みはいつになれば終わるのだろう。
病気と共存しろと言われても、こんな拷問に耐えられない自分は、それでもただ、ただ我慢するしかない。
薬も使えず、誤魔化す事も出来ず、何も施しようがないこととしか共存出来ない。


もう、お願いだから終わらせて。
痛む箇所をナイフで刺したら、楽になれるかもしれない。
痛まない箇所はサーベルで貫かれるように痛む、この矛盾。
痛みを消すには、更に強い痛みで消せば楽になる。

果てしないこの何もかもを、いつ終わるともはっきり解らず、いつかは楽になる、いつかは終わると何の保障もなく、信じることは出来ない。
終わらない、果てしない私のこの人生は、夕凪に難破した幽霊船のようなものだ。



最後の魂の叫びを受け止めるかのように、毎日を生きている。
ただ、それだけだ。

自分の日記からNo.3


『I'm Fighter』


誰よりも真面目に素直に
生きようとすると
葛藤が多くなります。

それでも前を向いて一生懸命
毎日を思いっきり生きようとする。

もう少し、適当に
もう少し、いい加減に
なれたら
楽になれるかもしれない。

でも現実は、ずっとついてまわる。
どんなに誤魔化しても、逃げても
いつかはどうしようもない現実と
向き合わなくてはならなくなる。

それが私の病気。

なら、真っ直ぐに見つめて
勇気を持った方がずっとずっと楽だ。
どんなに苦しい葛藤があっても
誤魔化すより、得る事が多い。

だから私は決して諦めない。


2010/7/9

2012年11月26日月曜日

自分の日記からNo.2


『愛ある人生』



その想いをどれだけ与えられたかではない。
どれだけの人に、どれ程の愛を与えたかである。

人は愛を求めては不平不満を口にし、人生すらも与えてもらおうと
求めすぎる欲張りだ。
しかし、愛は自然とこちらが与えるともなく与え
そして、いつしか知らぬところで与えられているものだ。

そう、誰もが皆、生まれてきた理由を知らぬように
愛もまた、知らぬ間にやって来るものだ。

望むと望まざると生死と愛は、決して反比例しない。

意識的なものでは、決してないのだ。

上辺だけの感じ取れるような簡潔な愛も、また愛だ。
深々と感じるような愛を人は望みながらも、
一方で重荷に感じるような欲張りだ。


それでも、沢山の愛は人生を豊かにするであろう。

0:53 2010/06/06

自分の日記から


『そして』



あなたが思うほど、この世の中は素晴らしくはない。
あなたが考えるほど、この世の中は複雑ではない。

ただ少しだけ夢があるのかもしれない。
そんな期待をずっと小さな胸に抱きながら
そうして生きるのでしょう。

例えそれが、現実であれ無情な事実であれ
あなたは一筋の道を歩んでいる。
人生なんて思い悩むほど、重たくもなく、難しくもなく
ただ、ただ、ありのままにあるものだ。

思う存分悩めばいい。
思う存分泣けばいい。
そこから笑顔を見つければ、それでいい。

あなたが思うほど、あなたは捨てたものじゃないから。
いつか、きっと、ピーンと張り詰めた思いも
ゆったりとした時に変わると信じて。
今日もあなたは真っ直ぐに生きていく。
あなたらしく。

22:36 2010/07/09

2012年11月25日日曜日

もう何も要らない

何か欲しいかとか、

もう一度あの時に戻れるならとか、

生まれ変わったらとか、

そんなものない。

二度と生まれ変わりたくない。

何も要らない。

何も。

何も。

2012年11月24日土曜日

慢性疲労症候群、線維筋痛症について、はっきり言えること

慢性疲労症候群の確定診断が、容易くされないのは何故なのか、はっきり言えることがある。

それは、単なる 『疲れ』 や 『痛み』 のひどさではない。
病的な疲労感をどのように調べ、計測するのか?
やるべき事をだるさの中でも這いつくばってやり、やりたい事なんかはやっていられない程、すべてのエネルギーを仕事に費やさなければならない状態。
それでも、もはやこれまでと気持ちより何より先に、身体自身が動かなくなってしまう。
これが真実の 『病的な疲労感』 だ。

よく寝たきりでとか、起き上がれないほどのつらさと聞くが、病院に行けるか?
私は通院も度々キャンセルして、予約の取り直しをせざるを得ない。
その取り直した予約もまた、キャンセルして再予約することが多い。
そもそも、通院自体が最も優先しなければならない 『仕事』 であるのに、それすら出来ない。

やっとの思いで病院まで辿り着くが、病院の椅子で寝込んで、順番が来て呼ばれ診察室に入って医師と話す時には、経過と変化の報告をするのもやっとの思いだ。
沢山の慢性疲労症候群、線維筋痛症患者や膠原病の患者を見て来たが、その誰もが 『精気』 を失っている。
ぐったりとし、動かず、喋らず、おとなしく、ただ診察を待ち、終えれば、車椅子を押して貰っている人も自立歩行している人も、帰路の道のりを必死で考えているのがわかる。
この疾患の人の行動を表現するなら 『片道切符を握り締めているだけ』 だろう。
誰も晴れやかなほっとした表情などしていない。


故に、医師や世間などと戦う気力などある筈もない。
医師がどこを診ているのか?
それがこの身体的な 『精気』 があるかないかなのだ。
精神的な精気を失っているのは二次障害であって、だから反応性うつ病なのだ。


これだけの疲労感に襲われ、痛みに晒されれば、何も出来なくて当たり前だ。

  • 誰かと話す
  • 寝床から起き上がる
  • 飲食をする
  • 排泄をする
  • 入浴をする
  • 身支度を整える
  • 家事や身の回りの片づけをする
  • テレビを観る
  • ドアやふすま、カーテンの開け閉めが難しい

こういった当たり前の行動をすることすら、出来ない。
そこへ支払いのための外出、生活用品や食物の買い物、日常生活に最低限必要な行動も苦しい。
介護認定を受けても、そのヘルパーさんに指示する会話すら出来ないほど、何も出来ない。
私はそれが疲れるから、頼まない。
『ゴミが溜まって、風呂に入らないで死んだ人間は居ない』
昔、母の循環器内科の医師が言った言葉だ。

そう思うから、やれるようになるまで放って置く。
やれるようになったら、一週間掛けて洗物をする。
掃除を一箇所づつやる。
お風呂?そんなの一ヶ月に一回。洗髪だけ月に二回出来れば良い方だ。
それでも、出来るのだから、私は寝たきりだとは思っていない。



しかし医師に状態を話すと、それは寝たきりの状態なのだと言われる。
だから、はっきり病的疲労感とはどういう状態なのか理解出来るし、また確定診断を慎重に行う医師の姿勢も理解出来る。

それは精神症状が優先して疲労感や行動を制限されているのか、身体症状が優先して制限(強制)されているのか非常に重要な問題点だからである。

誰にでもある、憂鬱感はバイオリズムの幅はあって当然。
生活上の問題、家庭環境、職場環境、人間関係、様々な問題によって、簡単に人は憂鬱に捉われ、ストレスに晒される。
しかし、慢性疲労症候群に言えるのは、その様な事を患者本人が苦にしておらず、一言目から 『動けないつらさ』 を訴える処に無意識のストレス(無自覚なストレッサー)が隠されていることだ。


PS(パフォーマンス・ステータス)値の差にもよるだろうが、一貫しているのは、この 『動けないつらさ』 や 『やりたい、やれない、やらなきゃいけないのに、出来ない』 だ。
以前の記事に書いた、『慢性疲労症候群と線維筋痛症の症状の伝え方』 にあるように、ひどいインフルエンザ状態で何が出来るのか?
是非とも想像してみて欲しい。

確定診断を受けたとしても、365日ずっと起き上がれない訳ではない。
365日何も出来ない訳ではない。
いまの自分は、ひどいインフルエンザの日なのか?
いまの自分は、ひどいインフルエンザの罹り始めなのか?治り始めなのか?
必ず、インフルエンザは一週間以内に軽快して、出勤や登校出来るようになる。
その7日間のうち、2~4日目が一番ひどい時期なのは、誰にでも思い当たるだろう。
いまの自分は、何日目なのか?
自分を知るひとつの大変良い目安になるだろう。

この、ひどいインフルエンザの7日間の中で365日を生きる私だからこそ提言する。



自分を弱らせるのは簡単なこと。
本当に自分は、慢性疲労症候群なのか?線維筋痛症なのか?
本当にずっと車椅子がなければ移動できないのか?


更に問いたい。
もし、いま大震災が来て自分は逃げられないと確信しているか?
私は、逃げられないと確信している。でも、絶対に逃げるとも確信している。
守るべき命があるからだ。