痛みの波はあるものの、その激痛は変わらない。
娘が何か対処しようと、傷の癒着が原因で腹痛が起きているのかもしれないと、腹部を揉み解してみたり、背中を摩ってみたりしたが一向に治まる気配がなかった。
私が、 「多分、詰まってるとかじゃない。違う。」 と言って、 「いいから、どうにも出来ないから放っておいていいから」 と言った。
心配する娘は何度も 『救急車呼ぼうか?』、『ねえ病院行こう?』 と言ったが、拒否した。
しかし、いい加減4時間も過ぎて痛みにのた打ち回り、意識も朦朧として、言葉も出なくなってきた私を見かねて、救急車を呼んでくれた。
かかりつけの大学病院まで搬送された。
今回は流石に、病院側も血液検査や大腸検査、腹部X線検査をして、点滴を打っていた。
やはり血圧は78-42、脈拍60、体温37.8℃となっていた。
もう、左足はびっこを引いて、殆ど動かず歩けなくなっていたのは、この3ヶ月ずっとだ。
一応、意識ははっきりしているから、救急隊や医師の声掛けにも質問にも答えてはいたが、私の頭の中は大混乱していた。
ただ、質問された事に対し、的確な答えを探して答えていただけだ。
自分の痛みや、いつ頃、どうして、など伝えたい言葉は何も出てこなかった。
レントゲンの結果は、腹部に何も詰まっておらず、むしろガスが充満している状態だと言われた。
医師が首をかしげていたのは、ガスが充満しているのに腹の張りが一切なく、下痢もしておらず、腹膜炎や虫垂炎に特徴的な細菌も見つからなかった状態だ。
みぞおちの変なしこりを、 『これは何だ?』 と触診し、エコーをするも何かあると思い当たりつつ、それが何かは不明とだけ言っていた。
次第に痛みが治まり、点滴も終わりに差し掛かった処で、 『医師がとりあえず様子を見ましょう、家に帰っても、また痛みが起きたら何度でも救急で来て下さいね。』 と言うので、私は質問し返した。
「何度でも?痛む原因が何も解らないのに、来る意味はありますか?」 と聞くと、医師は 『痛み方が前回とは違うし、何が原因になるのかはその時で違いますから、万が一、一刻を争うような場合だったりしたら困るからね。解りますか?』 と言った。
私は、ああそうか・・・盲腸だったりしたら放っておいたら死んじゃうもんねぇと理解した。
血液検査の結果をもらい、説明され、一般検査で解ったことは栄養失調を起こしているだった。
ビタミンB12欠乏、グルタミン酸濃度低下、肝機能低下。
私は結果を聞かずとも解っている。
食べても食べても、栄養が吸収されず、どんどん痩せて行っているのと、もう既に 『一日一度の楽しみ』 はなく、食べたいと思っても食べられないし、食事は2日に一度か3日に一度、一食くらいしか摂れなくなっている。
たまに、食べなきゃと思って一食食べようにも、体力がなくて噛めない、消化できない、何より入っていかない。
別に拒食症でも摂取障害でも何でもない。
兎に角、食べても体重は減るか増えない状態だから、検査結果は当然のものだ。
さあ、ここまで来て私はどうなっているのだろう。
1日3回の常用になった強壮剤は、相当強いものであり、その薬剤単体では通常使用も処方もされないものだ。
それを服用しても体力は落ちるばかり。
体力をつける薬も出され、心不全改善薬も出され、全身の働きを維持するような意味の薬剤を処方されて、少しは楽だが起き上がれない、この身体。
要するに、虚弱体質の高齢者に対して使用するものを何種類か出されているが、追いついていないのが現状。
私にはそれが何を意味しているのか解っている。
もう、そろそろ来るべき時が来る。
薬疹で命取りになるから、痛み止めが使えない事なんか取るに足らない問題。
人間、食べられなくなって来たらお終い。
それが病気のせいであっても、加齢のせいであっても。
慢性疲労症候群の死因が、癌、心不全、自殺とあるように、私にこの内の何が原因になっているのか私は知っている。
憶測でも想像でも妄想でもない。
はっきり、一言 『知っている』 とだけ書いておこう。
先日Twitterで、交流のない人から 『命がけで育ててくれたお母様に感謝して、受け入れましょう』 と、リプライされ、私が 『上っ面の同情を掛けるな』 と返信した事で相手と相手方のフォロワーが、このブログのある一面だけを見て、自分たちのTL上で、私の事をこう言っていた。
『自分が一番大変と思っているだけ』
『辛いんですアピールをしたいだけで、死にたいツイしたんでしょ(笑)』
『患者同士と痛みや辛さを分かち合う気がない、自己中心人間』
『キリストが身を削って、差し出したパンすらにも小さいだの、汚いだのとケチを付けるようなものだ』
『わずかな差し出された助けの手をも振り払って、俺の言う事に口出しするなって言う奴だな』
と、散々影で言いたい放題、叩き合って居たが、そんなに事実が知りたいのか?
無残で無情で、非情な現実を見たいのか?
それは誰のためだ?
私が返答した文章はこれだ。
【@・・・・歯の浮くような一般論で慰めようなど上っ面の優しさはただの自己満足で。あなたが、誰かを励ますことによって、自分が救われたい、そして自分が『あなたのお陰で気持ちが楽になった』とお礼されることによって得る優越感があるから、親への感謝なんかで説得しようとする。】
『ある病名の末期状態』 これによって手の施しようがない状態になっている。
こう、表明したら何か納得するのか。
納得したら何か得るものはあるのか。
これが、何かの役に立つのか。
こんな状況にいま、私が置かれていると知って、誰か何か励ましたり、慰めたり、同じ病名の患者同士仲良くして情報交換して、私の現状は改善され、延命に希望が持てるのか。
自己紹介文にも書いてあるように、誰かの為に役に立てるように書いている訳ではない。
ただ、経過をできるだけ詳細に書き残す事で、いつか慢性疲労症候群患者の参考になる筈だ、もっと本当の目的を言うならば、自分の娘に 『遺伝性』 が指摘されている事で何年後かに、この私の経過資料が必ず役に立つ時が来ると思って、書いているのだ。
はっきり言いましょう。
- 甘えるのをやめなさい。
- 泣き言を言っている暇があるなら、身の回りのゴミのひとつでも拾う努力をしなさい。
- どんなに動けなくても、つらくても、トイレに行った帰りに足元のゴミくらい拾って捨てなさい。
- 精神科でもらう精神安定剤の量を最小限に減らして、憂鬱と向き合って戦いなさい。
- 人々が当たり前にしている日常生活を送るように、当たり前のことを自分でやりなさい。
- 人を宛てにして、頼るのをやめなさい。
- 働こうとする意欲を 『うつになるから、症状がひどくなるから』 と病気のせいにして自分から捨てるのをやめなさい。
- 患者会のシンポジウムに参加したり、準備に費やせる労力があるなら、自分のことを自分できちんとやりなさい。
そんなエネルギーがあるなら、週に1回3時間でも、働こうと努力しなさい。 - 障害者手帳の取得や、介護手帳の取得に頭をひねる暇があるなら、どうやったら自分で稼げるのか考える事に頭を使いなさい。
- 患者会の会費を払えるなら、それを医療費に充てなさい。
- 生活保護の条件に該当するのかどうか、病名を利用できるのかなどと、考えるのをやめなさい。
- 自堕落に、病気を言い訳にして、自分を甘やかす事をやめなければ、何も改善されない。
- 医者やカウンセラーに寄り掛かることばかり考えず、病気の資料や診断基準の知識ばかり頭に入れて自己暗示に掛けている事に気付かなければ、病状は思い通りに悪化するだけだと思い知りなさい。
『当たり前のことを当たり前にやる』
『自分のことを、自分できちんと出来る人になりなさい』
散々、努力してどんなに訓練しても、どうにもならなくなって、頼らざるを得なくなっても、最低限自分の事を自分でやる努力をし続けることを決して忘れてはいけない。
それが唯一、自分を助けることに繋がる。
『死ぬまでにやりたいことリスト』 を作れと医者に言われた時には、私は既にもう、やり終えた後だった。
その時の答えは、
『当たり前のことを当たり前にやれる人になりたい』 だった。
遺言公正証書を作らなければならないようになった経験のある患者の気持ちなど、誰にも解るまい。
未成年の子どもと、老い先が短く何重もの病気を背負って生きる親を残して、逝く私の気持ちなど解って欲しいなんて誰にも思わない。
私の娘たちは、私の死期を知っている。
もう既に、遺言書や死んだらどうするのか、私たちは何年も前から話し合っている。
これが本当の現実と向き合う生き方であり、娘たちは必要以上に私を過保護にしないし、臨機応変に歩ける時、歩けない時の対処をしてくれ、一緒に洋服を見立ててやったり、映画に行ったり、美術館に行ったり、ライヴに行ったり、学校の懇談会に行ったり、何でも行動している。
病気であれ、健康であれ、人はいずれ死ぬのだから、生きている内に何でもやる。
成すべき事を成せ
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