慢性疲労症候群の特徴は、全身の激しい疲労感とリンパ節の腫れ、微熱あるいは低体温、全身の筋肉痛であり、起き上がれない程のだるさが特徴だ。
線維筋痛症の特徴は、全身の激しい筋肉痛だが、痛みが毎日全身のどこかに移動している。その痛みによってだるさがひどいことが特徴だ。
前者はだるさが主な強調的症状、後者は痛みの後からだるさに襲われる違いがある。
慢性疲労症候群の症状を伝える時、 『誰でも一回は、ひどいインフルエンザに罹るでしょ?そのインフルエンザがずーっと毎日続いている状態です。想像してみて下さい、その状態で起き上がって仕事やトイレに行けますか?』 そう伝える。
線維筋痛症の症状を伝える時、 『普段やったこともないような例えばフルマラソンや柔道とかいきなりやったら、すごい筋肉痛で動けなくなりますよね?それがずーっと毎日続いてる状態なんです。』 そう伝える。
相手に解り易く、想像させるのが一番だ。
それも日常的な、ごく簡単な問題を採り上げるのが効果的だ。
すると、誰でも 『嗚呼、なるほど』 とうなずく。
日常生活の細かな労作の問題の伝え方について、私は自分に 「嗚呼そうか!」 と感じた。
手がこわばって動きにくい状態は、健常者にとって 『トイレや汚物を掃除する時に使う分厚いゴム手袋を一日中はめて、字を書いたり、包丁を持ったり、髪の毛を洗ったりしているような状態』 だと思った。
それは、動きにくいだけでなく、水の冷たさや触っている物の触感がないことでもあり、握力の感覚もない状態だ。
全身は、ダンボールを被りロボットのように胴体も、腕も足も動かすような状態だ。
『全身コルセットさん』 になっているようなもの。
そう思った。
元々、両疾患は、慢性関節リウマチと症状が似ている。
そのリウマチの患者さんの動きは、だるさと痛み、こわばりがあり、日内変動も同じ様に起きている。
歩行困難や眩暈、吐き気なども日常的によく似ている。
私は、どんな病気かと聞かれる相手によって説明(病名)を考えている。
救急隊や警察、役所などの公的機関関係者には、実の病名を言って、前述のように説明を正直にするが、近所の人や他愛のない関係の人には、 「まあ、リウマチの中の病気です」 くらいにしか話さない。
可笑しなことに、リウマチや膠原病と言うと、誰でも 『まあ、それは大変ねえ』 とすぐに理解する。
私自身は、そのリウマチや膠原病の人の詳しい状態を殆ど知らないし、主治医が診察している患者さんはほぼ膠原病の患者さんで何十年も待合室で顔を合わせて来たが話したことはない。
シェーングレン症候群やリウマチの患者さんばかりで、診察室から先生の声と患者さんの訴えの会話を聞いてきたが、決定的に私とは違う。
指の関節が固まり変形したり、どこかに軽くぶつけて皮膚が破れるなどの症状はない。
どうして、一般の人は膠原病という病名だけで理解するのだろう?
リウマチの患者さんの症状や日常生活の困難なことを知っているのだろうか?
私には、解らない。
でも、興味本意で聞いて来る人には、それで話が済むのだからと思って、敢えて真実を語らない。
世間に認知させようと無理なことをしない。
それは、私が中学1年の時、 『怠け病だ!』 『お前は病気の振りをして登校拒否してるんだ!本当に病気なら学校でぶっ倒れてみろ、そうしたら救急車を呼んでやるから!』 そうやって担任や副担任に言われ、家にまで朝一番で押しかけて家の中にズカズカと無理矢理上がりこまれて殴られた事があったからだ。
その時の通知表には、 『怠学』 と書かれた。
結局、3年間ろくに登校できなかったが、高校進学して私は、怠け病のレッテルを貼った教師や当時の警官、教育委員会の関係者を見返してやろうと、必死で頑張った。
高校1年の時、無遅刻、無欠席、無早退の皆勤賞を獲った。
成績はオール5だ。
2年生の3学期、後一ヶ月で終わる頃、3日間、まったく起き上がれず、死んだように寝たきりになって皆勤賞は獲れなかった。
自宅に担任が電話をくれ、 『何とか学校まで来れないか?来るだけでいいから、そうしたら皆勤賞が貰えるし、精勤賞もあるから』 と言ってくれたが、会話も朦朧としていたため、 「先生ありがとうね、でも無理だわ。病気で行けないだけで、病気じゃなければ皆勤賞なんだから、そうやって解ってくれるだけで十分だよ」 と言ったら、担任は私のために泣いてくれた。
卒業して就職した時に、ひどいインフルエンザに罹ったことで、今の状態になった。
何箇所も入院したり、受診をしたが自律神経失調症と言われ、会社も遅刻、早退、欠勤が多くなり、休職を何度か繰り返した。
その時、今の主治医に出会った。
会社でも同じ様に、色々な憶測や誹謗中傷は受けたが、それは社会人として仕方がないと思っていた。
2年半勤めたが、会社に迷惑が掛かると思い、社長と話し合って、退職した。
「私ひとりを雇っていて、来るのか来ないのか、復職出来るのか見込みがつかず当てにならない状態では、他の人に迷惑が掛かるし、社長も人員の補充に困ると思う」 と言って辞めた。
私は、仕事を多く任されていたし、期待されていたのも解っていたから、尚更潔く自分の不甲斐なさを詫びる方が誠実だと思った。
仕事に病気は関係ない。
やるか、やらないか、そのどちらかしか必要ない世界なのだから。
20年経って、その会社を尋ねた。
社長や上司に会って、身障者手帳を見せて、それまでの経過を話し、「あの時の病気がいま、こういう状態なんです。でも私を雇い、仕事を教えてくださり本当に有難うございました。」 とお礼を言った。
その当時は、誰もこの病名や状態が理解できなかったが、今では少しづつ世間にも病名が公表され、耳にしたことがあるお陰で、そうだったのかと思ってもらえる。
私は、それだけでいい。
会話をする相手に、「病気は早期発見、早期治療だからね。大丈夫なんて甘く考えないで、治せるならちゃんと治した方がいいよ。そうしないと私みたいになっちゃうからね。」 と声を掛ける。
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