握力がないから仕方がない。
アスパラガスのベーコン巻きを作ろうと思い、アスパラガスの根を切ろうとした。
「何だ!?このアスパラ、すっごい硬い!切れないぞ」 と、ビックリした。
大きな文化包丁を使うのを止めて、ぺティナイフに変えてやってみた。
結果は切れなかった。
とうもろこしを茹でようと思い、半分に切ろうとした。
「はあ!?切れないぞ? あれ?もしかして、私の握力がないから切れないのか?」 と、手伝う娘に聞いてみた。
娘が 『ん?ちょっと貸して』 と言って切ってみるとあっさり切れた。
私は 「うーん、そう云う事か。こんな力もないのか」 と言って、娘が 『ちょいと切れ目を入れて、あとボキって折れば良いんじゃない?』 と言われて、「ああ、そっか」 と作業をした。
やきそばを作った。
材料を炒めて、やきそばを炒め味付けをして、お皿に盛り付けた時には、そばは伸びてた。
炒めている時にフライパンを返そうとしても持ち上がらない、盛り付けようと鍋敷きの所に持って来る時に手首に力が入らず、握っている感覚もなかった。
カルボナーラを作った時も同じだった。
パスタはアルデンテに茹でてあり、オリーブオイルも降って伸びないようにしてあるのに、伸びてた。
結局、作業に時間が掛かるから出来上がった時には料理も自分も伸びてる。
ミョウガを刻んだ。
千切りにしようとしても、一回づつ 「よいしょ」 と刻む具合でさっさと出来ない。
きゅうりを薄切りにして和えようと思い、切るが遅い。
まるで料理初心者のような手つきだ。
その時の特徴的な姿勢は、添え手が丸まり材料を抑え切れていない、体が硬くなって丸まっている。
立って作業が出来ないから、椅子に座ってテーブルの上でやるが、それでも何回も休憩をする。
夏の定番料理のそうめんや冷麦なんて、伸びてしまうから、そんな手早い料理は難しい。
冬の定番料理の煮物なんて、焦げないよう、煮崩れないよう見張っていなければいけないから、そんな気長な料理は難しい。
煮物は煮上がる(煮汁がなくなる)寸前に照りが出るため、仕上げの最後が決め手になる。
どんな料理でも大抵の物は作れるが、一番出来ない事が 『材料を切る』 下ごしらえだ。
筋力低下と硬直は、全身の脱力感、倦怠感、筋肉痛、疲労感を起こす。
これが慢性疲労症候群と線維筋痛症の症状だ。
そして、一回夕食を(たったの一汁一菜)作っただけで一日中寝込んでしまう。
情けない限りだ。
卵かけばっかりになるのも当然。
食べるエネルギーがなくなれば、カロリーメイトゼリーになるのも当然。
その内、水しか飲めなくなって、その水を飲み込むのもつらくなって飲めなくなる。
脱水症状と栄養失調に気付かなくなって、やっと病院に行ったことも何回もあった。
一食を何回にも分けて、一日で食べる。
そのエネルギーは、基礎代謝量にも満たないのだから、痩せていくのは当然だ。
栄養失調で居れば、思考力も判断力もなくなって、体力もなくなって、あちこちおかしくなるのは当たり前だ。
でも、それが慢性疲労症候群や線維筋痛症が故に出来ないのだから、悪循環としか言いようがない。
こんな状態でも、入院の適用がされないこの病気の実態を書類だけで計ろうなんて無理だ。
一ヶ月に一度、何分間だけの受診で、何を知る事が出来て、お役所の基準を満たすデータが採れると思っているのだろう。
科学的根拠と立証がなければ、適応されないのなら、それは 『うつ病』 や 『新型(?)うつ病』 も同じだ。
昔あった田舎の診療所や療養所の制度をもう一度作ればいいのに。
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