2012年10月15日月曜日

孤立する自分

私はどれぐらいの年月、孤独を感じて、そして孤立した生き方をしてきたのだろう。
多分、幼児期から孤立していたのかもしれない。

原因は生活や家族など様々なところにある。
しかし、いつしか、それが私の生き方になった。

望むと望まざると、私が歩んだこの人生は寂しいものだ。
心が寂しいとか、そんなことではない。
私は人に助けを求めない。
私は人に甘えない。
私は人を当てにしない。


元々、『人間は一人で生まれ、一人で死ぬ』 この考え方がある。
決して社会との交流を自分から拒絶してなど居ないし、対人関係で悩むようなこともない。

でも、私は 『人間っていいなぁ、人ってあったかいなぁ』 と感じた事はなかった。
そう自分の心の奥底にある無意識の思いに気付いたのは、娘の悩みを聞いていた時だった。

娘も同じく、小児慢性疲労症候群、小児線維筋痛症と発症と診断をされて5年になる。
元々、元気で活発だった娘が、突然朝起きられず、トイレに行く姿が 「痛い、痛い」 とつかまって歩く姿を見て、「ん?何かおかしい」 と思ったところから、自分の主治医に話すと 『家族内多発の可能性あり』 と言われ、遺伝を指摘され、メモを渡されたのがきっかけだった。

色々なことに 『訳がわからない』 と悩んで話す娘の聞き役になっているが、とどのつまり答えてあげられない問題がある。
それが、この 『人っていいなぁ』 と思ったことが一度もない点だ。
残念ながら、そんなことを娘には言えない。
彼女が、現状の生活や病状、自分や友だちとの人間関係に悩み、思考力のない故に起きる問題だからと、手に取るように理解出来る私の意見は、あまりに残酷で夢や希望、これからの可能性をすべて壊してしまうようにしか思えない。

だから答えられない。


何となく、私を病気の大先輩だからと思い、辞書のような感覚を抱いているのが解るだけに、あまり病気の対処法など教えない。
それは、とても危ういもので、更に誘導しかねないからだ。
あるがままにさせている。
『いずれは私もお母さんと同じようになるのかなぁ』 と疑心暗鬼になって不安になっているのを見ると、 「そうとは限らない。ならない。」 そうやって否定するしかない。

知っているのに、教えてやれない。
解っているのに、止めてやれない。
とても、苦しい。

教えてやるのは、生活上の注意点だけだ。
娘が、痛いやだるい、頭が回らない、眠れない、など具体的な訴えをしてきた時だけ、「それはPCのやり過ぎの電磁波に当てられたんだね」 とか、
死にたいと言ってくれば 「そう思うだけで、本当は生きたいと思ってるから反対の事が浮かんできてるだけだよ」、
「自分の命を切り捨ててまで解決できないような問題なの?もし、そうじゃないなら、命より先に、嫌な問題の方を切り捨ててしまえ。全部切り捨てても、やっぱり命を捨てるより仕方がないと思うなら、死にたいと思うのは仕方がないかもしれない。それくらい、あんたにとって苦しくて、つらくて仕方ないんだったら、生き地獄ってことだと思うから。生きながらにして地獄を味わう事ほどつらいことはないからね。」
と、最終的にはこんな私が 『生きていてこそだから』 と教える。



結局、何もかも、その 『生きていてこそ』 味わうものばかりだ。
学生の頃、私には沢山の仲間や友人が居た。
卒業後も、いつも私を宴会や遊びに誘ってくれた。
しかし、必ず行った先で具合が悪くなったり、途中で帰ってくることも多く、約束しても当日になって体調が悪くドタキャンすることが多かった。
友だちには、予め頼んでおいた。
「私、わからないから、当日思いついたら誘ってみて。約束破るの嫌だから、ごめん」
そうやって、 『今日』 誘って貰う方が意外と付き合えた。

でも、それも次第に付き合えなくなり、友だちも誘ったら病気が悪くなると思って誘わず気を使ってくれ、結果誰とも連絡を取らなくなった。
勿論、結婚や出産などの忙しさや、友達と遊ぶ体力があるなら、子どもと遊んでやりたいと思う方が優先されたのも理由だ。

今でも、娘たちは私との時間を大事にしたい、お母さんが元気な時にあそこに一緒に行きたいと言われ、寂しい思いを強いているのが嫌だ。
生まれた時から、寝転がって遊んでやるか、保育園の送り迎えの途中、公園に寄って遊んだり、日曜日は近所の公園巡りで思いっきり遊んであげることしか出来なかった。

その遺伝したであろう娘が言ってくれた。
『お母さん、いま玄関まで歩ける?車椅子押してあげるから一緒にコンビニ行こうよ。』
車椅子に乗ってでも一緒に行ってくれるなら、それだけでメチャクチャ嬉しいから、と。
ありがとう。
本当にありがとう。


ただ、居てくれるだけでいいと言ってくれたのは貴方たちだけ。
ただ、出来る時でいいから、一緒に何かしてくれるだけでいいと言ってくれたのは貴方たちだけ。


益々、私の孤独は深まっていく。



※この記事は、2011年3月28日に書きかけていたもの。

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