2022年5月7日土曜日

お母さん

私にとって、お母さんは今も一緒に生きている人。
お母さんが見たらどう思うか
お母さんが居たら何て言うか

お母さんが居なくなってから、自分で初めて挑戦していることがある。
お母さんは向いていないから止めといた方が良いと反対してた。
私が神経症になるから止めとけと言ってた。

それが一番向いていて、一番飽きなくて、
寝ても覚めてもずっと続けていることだった。

どうしてやらせなかったんだろう

神経症になったとしても、もう誰も困らない。
死にそうになったとしても、それは自己責任。
だから始めた。

いま見たら、お母さんは何て思うんだろう

お母さんが居たら、お互いに意見交換しながら、もっと有意義な一日を過ごして、もっともっと私に教えてくれる楽しい時間を送れたはずなのに…

どうしてやらせなかったんだろう

そればかり考える

お母さんは見抜いていることしか言わない。
神経症になるって?
確かに気が狂いそうな想いをしばがらやっている時もあるけれど。
確かに神経の糸が切れそうな思いはするけれど。

30年
続けて来たこの独学
お母さんは初めて見た時にすごく驚いてた。
この研究熱心な姿勢
探究心、向上心
何故、阻止したんだろう

解ってたはず

きっと誰とも交わらず、関わらず、一人きりで過ごされるのが怖かったのかもしれない。
他人と満遍なく関わって、他人と同じ生活リズムで社会生活を送ることを『社会適応』と思って居たから、黙々と自宅や作業場に籠もって作業するような生活は不適応になると怖かったんだろうと思う。

だけど、陶芸家も画家も、職人と言われる人たちは一日中一人で作業をしている。
誰かと口をきいてる暇はない。
それの何がおかしいんだろう?と思ってた。

私を観る近所の人の目は、一日中家に籠もって一体何をしてるんだろう?
ひきこもり
それが印象。

放っておいて欲しい

無駄で無意味な愛想笑いをして、どうでもいい会話をする暇があるなら、一つでも技術を身に着けたい。
そうやって毎日過ごすことを理解される必要もない。

お母さんが見抜けなかった価値観。
わたし壊れてないよ?
こうしてる方が壊れないよ?
どう?アハハハ

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