2013年11月22日金曜日

慢性疲労症候群でも楽しいことを諦めない

今日はいつも書くような症状や通院についてではない内容を書く。
タイトルの通り私が楽しいと思うことを諦めない内容を書こうと思った。

私は幼い頃から音楽を生活の中で聴いて育った。
私はピアノが好きだったが、母はギターをやりなさいと言っていた。
ギターの音色の魅力があまり解らなかった私がある日、ギターを弾きたい!と思った。
それはPRINCEのPurple Rainを聴いた瞬間だ。

それから家にあった手入れのされていない、ネックの反ったクラシックギターでコードを覚えた。
もう限界だと思って、母にギターを買って欲しいと頼んだのが最初のストラトキャスターだった。
母が楽器屋で、店員に話して中古のAria ProⅡの真っ赤のストラトキャスターとアンプとストラップやシールドなど必要な物を見繕って買ってくれた。
3年ぐらい経って、レスポールの音の魅力が解って、アルバイトのお金を足して母に買ってもらったのはヤマハの新作のギターだった。
楽器やステレオ(レコード・プレーヤー)、マイクなど機材が家にあって恵まれた環境だったため近所迷惑も関係のない家だったから存分に楽しめた。

その後、母の知人の娘さんがギターを要らないから捨ててと言ったらしく、それを貰って欲しいと言われた。
Morrisのアコースティック・ギターで、恐らく2,3回しか弾いていないような感じの綺麗なギターでハードケースに全部道具が揃えてあった。
それを捨てちゃうなんて考えられない。

暇とお金さえあれば練習スタジオで沢山弾いて、家でも、学校でも、弾いていた。

7歳の時、ヤマハがエレクトーンを発売し、現在のヤマハ音楽教室が大流行した。
その時、生活が苦しかったが母にどうしてもやりたいと頼んでエレクトーンを習ったが発表会に出させたいと先生が言って、母が大反対したことで辞めてしまった。
当時、エレクトーンなど非常に高価なもので(恐らく現在でも)誰の家にでもあるものではなく、教習の30分前に練習をさせてもらえたが、私はそれだけで弾けた。
家で教則本を見ながら、机の上と下で手と足の練習を毎日していた。
教室では家で練習した音を確認するだけで良かった。

そのお陰で、譜面が読めるようになった。
だからギターはコードが譜面に書いてあれば、すぐに弾ける。


そのギターは全部、今はもうない。
2本は実家の全焼で焼失し、他は生活の為というか置き場所がなくなってしまったことで売ってしまった。
私の作詞作曲したノートもデモテープも焼失してしまって、聴かせることも出来ない。

30代の時、左手を怪我したせいで、薬指と小指の神経を損傷してまったく感覚がない。
だからギターがなくてもいいと思っていたが、次女が中学生の時、エレキギターを弾きたいと言い出し、練習用に買ってあげたのは、Pig noseのzo-sanだ。
昔、Pig noseのアンプが欲しかったが中々買えず、エレキギターにはアンプは必要だからと思い、zo-sanが良いと思い探していたら、Pig noseが生産していたのを見つけた。
あまりの小ささに、娘たちは価値が解らないのか、間に合わせの物を買ったと思い込んでいる。
結局、あまり弾かず、新しくスタンダードなストラトキャスタータイプの安いギターを次女は自分で買った。

見向きもされない、Pig nose。
こんなに手軽で高性能なエレキギターなのに、解らないのはギターを沢山弾いて、音を楽しんでいないからだ。

今、また感覚のない左手で私は弾くようになった。
やっぱり楽しい!
ほとんど音が出ていないような状態で、しかも握力がなくなったり、右手の感覚もなくなってくるから初心者の下手な奴みたいな状況だ。
それでもいい。


22歳の時、どうしてもヴァイオリンが弾きたくて、あるヴァイオリン専門店に行った。
大体ヴァイオリンがいくらするのかも分からないし、そもそも道具も何が要るのか知らなかったから、正直に 「ただヴァイオリンの音と曲が大好きで、自分で弾いてみたいと思った」 と伝えた。
店主はそんな気軽な感覚で弾くものじゃないし、始めるには年齢が遅すぎて今から練習しても弾けるようにはならない。しかも当店はそんな人に売るような店じゃない。と、きっぱり私を拒否した。
そんな言い分に負けるような私は性格ではない。
「楽器を始めるのに年齢は関係ない。しかもプロの音楽家になろうとしている訳でなくても誰でも楽器を楽しみたいと思うのは悪いことではない。私はずっとギターを弾いてきた」
「いくらあれば売ってもらえますか?今、私は15万円持っています。それで買えるヴァイオリンを売ってもらえませんか?」
と言うと、『どこかの先生に習うとかするなら売るのも考えるけれど』 と渋々言い返してきた。
「誰かに習う気持ちはない。自分で一から覚えます。」
そう言っても結局、売ってもらえず、最後は喧嘩になった。
一人暮らしをしながら、必死で仕事をし、貯金したお金で買おうとしたのに。


それからまもなく、その店は閉店し、”初心者から始めるヴァイオリンセット”が通販で売られるようになった。
私はそれを買う気にはならなかった。
楽器を大切に思う気持ち、愛する気持ちはよく解る。
でも高貴な楽器として、高貴な人間にしか売らないというのは間違いだと思う。

私は絵を描く。
だからと言って、絵の具を買ったらだめなのか?
画壇に入っていないからと言って、絵筆を持ったらいけないのか?
違う、誰でも絵を描きたいと思ったらどんな絵でも描いて良い。
ただ、高価な絵の具や道具を一通り揃えて、落書きをするのは絵画を馬鹿にしていると思われるかもしれない。
今の世の中、お金さえ出せば何でも手に入ってしまうせいで、デジタル絵画や音楽など誰でも何でも出来てしまう。
そこに熱意や思い入れがあるなし関係なく、誰が何をしようと構わない。
それを批難しようが賞賛しようが、それも自由だ。
”現代アート” という言葉の独り歩きで、何がアートなのか境界がない。

音楽も同じだ。
本人が楽しいと思えば、それで問題はない。


先日、ライヴに行った。
あまり、そのアーティストについて情報がなかったからほとんど知らないに等しく、彼らのキャリアも活動内容も知らなかった。
けれど目当てで行ったアーティストは、毎日YouTubeで見ていたから、「本物だ!」 と感動して泣いてしまった。
公演終了後、サイン会と写真撮影などの交流があった。
私は身体障害者手帳に全員のサインをして貰った。
メインアーティストは、Tete。
カップリングアーティストは、日本初公演のTryo。
Tryoのメンバー全員が私と写真を撮ってくれ、会話をしてくれた。
Teteは、勿論のことだが、私は初めて観たライブが楽しかった。
英語は多少解るが、フランス語はまったく解らない。
それでもサウンドは伝わる。それとそのアーティストの人間性は必ず伝わる。
ギターサウンドがどちらのアーティストにもあったから、私はもっと楽しかったかもしれない。
3時間ものライヴの後の交流会だったため、帰りは歩くのもやっと。
しかも終電しか間に合わなかった。
次の日、筋肉痛なんて軽いものではなく、全身と特に両脚がつって歩けなくなっていた。
それもそのはず。
午前中に3ヶ月に一度の通院で外に出て、急いで帰宅し、着替えて公共交通機関でライヴに歩いて行ったのだから、滅多にないハードスケジュールの一日だった。
そして翌日は、夕方に歯医者の予約。


でも、まだ、その楽しくて嬉しかった思い出は冷めていない。
彼らは、私が日常、ずっと寝込んで外出もほとんど出来ないとは思ってもいないだろう。
そんなことは、知らなくてもいい。
私がどれだけの思いで、正に這いつくばって、行って帰って来た現実があること。

生きていたからこそ、彼らと会えた、彼らの歌を聴けた、こんなにも嬉しいと感じられること。
私はずっと携帯していなければいけない身体障害者手帳にだからこそサインをしてもらった。
それを毎日、眺めている。
恨めしくて、大嫌いだった手帳に勇気を持たせてくれた。



だから、諦めない。
諦めなくて良かったと思ったから。


未だにヴァイオリンを弾いてみたいと思っているが、指の感覚がないことと、小指が開かず動かないことで無理だと解っている。
それでも…。

2 件のコメント:

  1. はじめまして。慢性疲労症候群と診断されたミュージシャンです。
    謎のリウマチ様症状にあえぎながら、なんとかギターを弾いて毎日乗り切っております。

    音楽は目に見えないパワーが渦巻いていて、なんだか恐ろしくもあり不可思議でもあり、頼もしくもありますね。我々の病気も目に見えない、というか、強制的に自らの個性として刷り込まれてしまった、いわば負の才能、のようなものでしょうか(泣)

    授かってしまったものはいったん受け入れて、使い方を考え、学んでいく方向にシフトしようと決めました。

    負けないでくださいね。病気と個性は紙一重、ですから。

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  2. みーさん、初めまして。 長文のブログにコメントを寄せて下さりありがとうございます。
    CFSで有名なミュージシャンにRed Hot ChiripeppersのFreaが居ますね。 私はRHCPがとても好きでDVDなどをよく観ますが、やはり腕や指の筋肉が硬直してしびれを解こうと振る姿が、私と同じだ!と思いました。

    この病気は望んだり自己管理の悪さが招いた結果ではありませんから、症状には勝てない時ばかりですが、自分の根性には絶対に負けたくないですね。
    ブログでは泣き言や恨み節が多いですが、ハングリー精神は私を動かす糧になってます。 私はこの病気になった事を恨んで、呪っていますよ(笑)

    『冗談じゃない!こんな病気になったせいで生殺しの生きる屍のような生活を余儀なくされた挙句、到達出来ていた筈の人生の半分以上の期間を棒に振った時間を返してくれ!』
    これが私の本心です。まあ、それは難病や奇病に苦しむ患者さんのすべてに言えることですし、毎日をどう生きるかに価値を見出すしかありません。

    みーさんもお大事に。

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