2013年1月10日木曜日

私に課せられたもの

この与えられた身体を最大限に活かす方法を探し続ける。

この与えられた精神を最大限に伸ばす方法を探し続ける。


そんな大層なことを考えようなどとしなくてもいい。
ただ、当たり前に楽しめばいい。
自分なりに動ける範囲で、考えられる範囲で、自分には何が出来るのか考え、答えが見つかれば実行すれば、それだけで十分だ。

私は考えた。
一度目標を見つけてしまったら、もう前に進むしかない。
それを諦めても、何も今までと変わらぬ日々が続くだけで可もなく不可もない毎日が待っているだけに過ぎない。
でも、その目標を達成しても、活かそうが活かすまいがどちらでも構わない。
そうなると諦めた場合、この一年何をして生きるのか?と考える。
挑戦し続け、実行出来るようになったら、新たに出来なくなる問題が浮上して、また出来ることを探す毎日。
必然的に見つけた目標に向かわざるを得なくなった訳だ。


何となく感じる。
特に慢性疲労症候群だから、線維筋痛症だから、癌だから、目標に向かう訳ではないような気がする。
誰でも、どんな立場の人でも、どんな境遇だったとしても、それは皆同じだ。

それは、一生涯 『挑戦し続ける事』 をやめてはいけない。
諦めた時、自分を甘やかした時、自分を見つめず、誤魔化し、言い訳をするようになったら、そこで道は途絶えるだろう。
人生は、これで善しということがない。
人間の欲も、これで善しということがない。
ただ諦めることに限っては、これで善しと出来てしまう。

困難や苦難を嫌い、快楽に溺れ易いのが人の性なのだから仕方がない。
それを理解できるのなら、挑戦しなければいけない。

私の潮時も、引き際もまだ来ていない。
それが私に課せられた可能性だ。



自分の描く自己理想像がまだ、そこに残されているのなら挑戦する価値があると云う事だ。

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