慢性疲労症候群(CFS)線維筋痛症(FMS)ケース1としての実態。日々感じる出来事の日記のようなもの このブログは白色バックライトの視覚刺激に配慮し白黒反転のデザインを施しています
2012年8月22日水曜日
慢性疲労症候群、線維筋痛症患者の姿と日常
今日Twitterのあるフォロワーさんの記事で、世界初のCFSが死亡診断名のソフィアさんの映像を観た。
そのフォロワーさんは、ベッドサイドに置いてあるペットボトルの姿は自分も同じだと呟かれていた。
私が感じたことは、恐らく重症化すればするほど、皆同じ様な姿で居るのではないだろうか?と云う事だ。
今から4年以上前になると思うが、埒の明かない病状と対処療法、それに加えて益々悪化する日常生活を何とか打開したいという思いが強くなり、米国のCDCに直接国際電話を掛け、CFSに詳しい専門医あるいは担当官と話がしたいと言った。
CDCから案内され、とあるニュージャージーの医師であり、CDCのCFS対策室勤務のドクターの電話番号を教えて貰った。
すると、詳しい事がしりたいので何か資料はあるかと尋ねられたので、ビデオレターを作成していると伝え、出来上がったら送ると話した事があった。
それから、子どもに具合悪く起き上がれない状態の自分の姿や、トイレに立つ姿などありふれた日常生活のありのままをホームビデオで撮影させた。
その最初に、パソコンで打ち込んだ英語のメッセージを撮影し、それから自分にカメラを向けて、片言ながらも自分の言葉でメッセージを話す姿を撮影した。
ベッドから起き上がる時は、布団や枕に一度顔を伏せ、その後上半身を起こそうとしても力が入らないため、まず足を両腕でベッド下に降ろさなければ起き上がれない。
歩くにもあっちの棚、こっちの壁と何処かをつたっていなければ身体を支えられない。
水を飲むにも握力がないために、陶器やガラスのような重い物は持てず、プラスチック製の持ち手のないコップを子どものように両手で掴まなければ持てない。
どこかのファストフード店で買ったストロー付きのコップをよく応用していた。
現在は、マイボトルブームのお陰でプラ製ボトルにストローを差してベッドサイドに置いている。
勿論、喉が異常に渇くのでペットボトルに水を入れて置いてあるし、あまりに辛い時にはポカリスウェットのボトルを置いている時もある。
眠る時はソフィアさんを観て、「同じなんだなぁ」 と思ったように、幅の広い伸びてしまったパイル地のヘアバンドをアイマスクの代わりにしている。
日常着のになっているパジャマ選びが非常に難しい。
軟らかい、体のどこも締め付けない綿素材の物を着ているが、そのパジャマの重みで身体がだるくなるので軽くて、薄地の物になる。
線維筋痛症も合併している私は、洋服の重みや素材にひどく痛みやだるさを感じてしまう。
また、同じ姿勢で寝ていると、自分の体重の重さで体中が痛みに襲われる。
だから、寝返りばかり打って、筋肉痛のひどい時は、体中サポーターで圧迫し、更に自分の腕や足を捻って絡ませなければ、どうすることもままならない。
椅子に座っている事も同じで、同じ姿勢で居ると、お尻や太ももの裏側に負担が掛かって痛む。
それを私は、 「イワシよ、私はねイワシと同じなのよ。」 と表現する。
イワシは、海から水揚げされた途端、自分の体重の重さで死んでしまう。その時体から鱗が剥がれ落ちてしまうのだ。
結局、寝ても起きても、落ち着いて居られない。
痛みやだるさから、どうしても前かがみの方が楽になって足も体操座りで丸まっているような状態で、背骨が曲がってしまう。
母に、 『あなたの歩く姿っておばあさんみたい』 と言われる。
会う度に、猫背や背骨の中心が曲がる姿が年々ひどくなってきていると言われる。
それでも、学生の時にバレーボールをやっていたお陰で、ストレッチを知っているので一日一度はなるべく行うようにしているのと、あぐらをかいて、足の裏を合わせて膝を床に着ける股関節体操をずっとして来たこともあって、相撲の四股の姿勢は出来る。
少し、身体の痛みが強くなってくると、そうしてトレーニングをして筋肉が固まってしまわないように自分で訓練をしている。
食事の時は、箸が上手く持てない時にはフォークやスプーンを使うが、結局は赤ちゃんのような持ち方でしか食べられない。
理由は指が上手く動かないからだ。
大抵、具合の悪い(この疾患のレベル上で)時は、まず末梢神経の働きが上手く行かず、その次に大きな筋肉、例えば太ももやふくらはぎ、二の腕、胴体などの筋肉の動きが鈍くなるから何もかも動きが悪い。
その時首がすごく痛い。顎の骨やえらの部分の筋肉も痛い。
医師はリンパ節が腫れているから、痛むんだと説明してくれた。
そんな姿をビデオに収めた。
しかし、いつまでそれを記録して、それをCDCに送って、その後どうしようかと考えた。
本当は、渡米して少しでも解決の道が開けたらと思ったが、医療費や滞在費の莫大な金銭が必要な事や軽快する見込みの薄さを考え、私は断念した。
そうこうしている内に、重症薬疹になりそれどころではなくなってしまい、杖をつかなければ歩けなくなり、終いには車椅子を娘に押して貰わなければ動けなくなってしまった。
それから暫くして、cfs nonというサイトが立ち上がり、 篠原さんがまだ支援者の方と少しづつ活動され始めた時期だった。
その後 『I Remember Me』 というビデオを知った。
勿論、YOUTUBEにも概要は紹介されていたので、少し観たが、まるで自分が撮影した姿そのものだった事がとても辛くなってしまった。
今でも撮影したビデオレターをどうしようかと悩んだり、見返す度に 『真実の姿』 を客観的に観ると泣けて泣けて仕方がない。
現実も真実も理解しているとはいっても、それでも受け入れがたいのかもしれない。
だから、今日Twitterで紹介されたソフィアさんの姿は、あまりに真実を暴露的に観たような気がして、やっぱり知りたくないと思ってしまったのが本音だ。
そして、冒頭にも書いたように、恐らくこの慢性疲労症候群の患者の誰もが同じ様な姿で、同じ様な動きの中、精神的にも同じ様な思いの中で日常生活を送っているのではないかと思ったのだ。
私は、その4年程前から首と背骨に痛みや鈍痛をずっと感じている。
主治医から神経内科に行って診て貰ってくれと言われ、行ったのだが首の骨(頚椎)の4番と5番が狭くなっていると言われた。しかし何も出来ないと言われた。
背骨は丁度、胃の後ろ側(身体の真ん中)が痛んで、押さえると痛む骨が曲がっているのが解るが、どうすることも出来ないのだろうと思い、整形外科にも神経内科にも行っていない。
このブログで、『慢性疲労症候群と線維筋痛症の結末』 と記事を書いておきながら、無責任かもしれないが、意図的に検索ヒット数を伸ばすためにセンセーショナルなタイトルを付けた気は更々ない。
ただ、自分の体験や経過を率直に書く事で、記録に残しておこうと思うだけだ。
読み手にとっては、哀れんでこんなにひどいと訴えているように感じるかもしれない。
それでも、私は自分を哀れんで悲しんで一日を終わりたくないと毎日、毎晩思っている。
でも、他の患者さんの自分を鏡に映したような姿を見たり、知るのはつらい。
うつになるなと言われても、無理な話だ。
この生きる現実は、生きる屍そのものなのだから。
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どこへ保存したのか行方不明になっていたビデオレターを見つけ、やっと公開する決心が着いたのでYOUTUBEにその動画をアップロードしました。
返信削除全編英語でのメッセージですが、興味のある方はご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=QeNPcesd8VY