2011年5月25日水曜日

障害者介護ヘルパーさんが去って行った

「毎朝、サンドイッチばかり食べる訳ではありません。」
「何かといえば、ポテトサラダとゆで卵ばかり。」
そう書き、
「自分まで仕事のように考えてしまいとても疲れてしまいました、しばらくお休みにして頂けませんでしょうか」
と連絡帳に書いておき、具合悪く寝ていたら何もせずに帰られた。

夕方、事務所に一報を入れたが、折り返し担当者と相談して電話するとの事だった。
一週間待っても連絡がないので、電話したら
「ヘルパーさんが、『もう心が折れちゃった』と言っているので、支援出来ません。」
「この前の分はキャンセル料を頂きます。」
という話。


こちらが一言、自分の意向を伝えただけなのに、『心が折れた』から支援できない、話し合う気もないとは一体どういうことなのか?
その上、キャンセル料を請求されるとは、考え難い。


もう、どうでもいい。
助けてもらうために、有料でご機嫌伺いしながら、恐る恐る自分の意向を、相手を傷付けないように伝えなければいけない。
そんな面倒臭い、しかも馬鹿馬鹿しいことを何故しなければいけないのか。

思うのも、考えるのも、何もかも面倒臭い。

そんな障害者支援事業所は私の方から願い下げだ。
たったの一文で心が折れて支援出来なくなるような感情的な人間に、何が助けられるのかと疑う。


福祉に携わる人間の心の中に、『私が助けてやってる』という恩に着せる気持ちがないと言ったら、それは嘘だ。
だから、こうして、意とも簡単に支援を打ち切って、早速のように金の話を持ち出すのだろう。


汚い人間の背中を見るのは、もう沢山だ。

2011年5月20日金曜日

これまでの思い

私はまだ日本で慢性疲労症候群や線維筋痛症が認知されていない時から、訳の解らない症状に悩まされてきた。
そして、誤解や偏見、差別もありとあらゆる人や場所でされてきた。

よくある 『怠け病』 や 『うつ病』 という偏見は一般人だけでなく、教師や医師から散々言われ、扱われてきた。

しかし、私自身はこの病名に確証を持っていた。
それ以外に思い当たる節がまったく見当たらなかったのと、他者の評価を否定出来るだけの自分に対する客観的な観察が確証だった。


今となって思うことは、『この病名だから何?』ということだ。
例え、診断されたからといって治りもせず、症状が改善されることもなく、嫌な思うようにならない体は何も変わらない。

私が感じるのはどんな病気だったとしても関係ないし、誰かに解ってもらった所で病気が楽になる訳でもなく、逃げようがないということだ。
よく見かける記事に 『私はCFS(FMS)だから何も出来ない』とか『気持ちを解ってくれる人と分かち合いたい』 という文章があるが、それが叶ったとして何が変わるのか?

たとえば 『がん』だったら、同情されて「がんばってね」と励まされて、『がん』が治るのか?
たとえば 『うつ病』だったら、「精神的につらいんだね」と慰められて、『うつ病』が治るのか?


言いたいのは、働けないことや人間関係が築けず孤立することの言い訳に心のどこかでしていないだろうかという疑問だ。
実態的にどんな病気だったとしても、働いて食べて生きていかなければ行けないのは皆同じ。
働くというのは、何も仕事をして金を得るだけが働くということではない。
食事の用意を人の何倍時間が掛かっても自分ですることも、部屋の掃除をすることも、ちょっとした日用品の買い物をしに出掛けることも、洗濯をすることも、誰もが当たり前に生活する上でやっていることも『働く』という意味だ。

それらのことをするのは、慢性疲労症候群や線維筋痛症の患者にはとてもキツイ問題なのは確かにある。
別に、この病名の人間だけに限らず、他の全身疾患の患者にとっても大変なのは同じだ。

しかし、だからといって『出来ない』ばかりを口にして、本当に何も出来ないか?と考えると、やらねば仕方がない状況になれば、健常者とペースは違ってもやれるものだ。


病気を口実に努力しない、誰かに助けてもらうことばかり考える、依頼心の強い病人や障害者が私は大嫌いだ。
掃除も洗濯も料理もせず、『気分転換』なんて理由で遊興に興じている体力があるなら、やって当たり前の事を自分できちんとしなければいけない。

もし本当に誰も自分に手を差し延べてくれなかったら、その人は即日死んでいるだろう。
そんなに人間は柔ではない。


本当に余命あと何年という闘病生活をしている人たちと、私はDIHSで自分も生死の境に居た入院中に何人も会話をした。
携帯番号やメールアドレスも交換して、喫煙所や談話室で待ち合わせたり交流をした。

しかし、退院する人が居ても、皆の表情は「これであの人ともお別れだ」だった。
退院する人が先か、自分が先かということだ。
私は初めて、自分もその一人なのだと実感するまでには相当な時間が掛かった。
その時改めて、人はどんな理由であれ死に向かっている現実と、今日一日を精一杯生きているという本当の現実を見た。

夜中3時頃、眠れずに外でぼーっとタバコを吸いながら星を見ていた。
「不思議だよなぁ、あれだけ死にたいと思ってたのに、いざ医者に多臓器不全でこのままでは死にますって言われたら、死んでたまるかってこうやって必死に毎日投薬治療受けているんだもんなぁ」
と、ふと思ったのは今でも忘れない。
その時から絶対に死のうと考えないと心に決めた。

あまりに人間の生命力の凄さを自分の体で体験したのと、人間のエゴをまざまざと実感したからだ。


簡単に「オーバードーズしちゃうんだ」とか「何薬飲んでるの?自分はこれ」などと軽く会話をするような人間も、「こういう病気だから勘弁してね」などと予め前置きをして防衛線を張るような人間も嫌いだ。
人の色々な悲しみは深いところにある。
自分のせいでなく、誰のせいにも、何のせいにも出来ず、苦しみながら『もっと生きたい』と思いながら亡くなる人が沢山居るのだから、どんなに不自由な体でも言い訳をしながら生きる人間になってはいけない。


慢性疲労症候群と線維筋痛症には、反応性うつ症状がある。
しかし、それは決して精神科域のうつ病ではない。
まだ解明できない問題は山積みだが、脳の器質障害と全身性疼痛などの症状から憂鬱がひどくなった状態なだけだと私は思う。
はっきり断言できるのは、体は病気でも心は病気じゃないということだ。

どんなに憂鬱でも、心を本当の病気にしてしまうのは病気から逃げているからだ。
私はそう確信している。

2011年5月16日月曜日

今日一日を精一杯

毎日の忙しさや目の前の問題にばかり、自分の気持ちが捕らわれていると 『今日』 が見えなくなってしまう。

どんどん心の中は負の影ばかりが蓄積されて、何もかもが嫌になる。

でも、私は楽しいことも苦しいことも、今日一日を精一杯やる。
悩むのも真剣。
楽しむのも真剣。

今日を一生懸命生きていたら、必ず明日が何もしなくてもまたやって来る。
そうして、明日もまた一生懸命生きていたら、また次の日がやって来る。
だから、私は 『今日』 を楽しむ。


私にとって消せない、消しようのない過去は嫌っていうほどある。
でも昨日はもう過ぎた過去だ。
私に昨日は終わったことだ。

だって、一日を精一杯生きたのだから悔いても何もないのだし。
忘れてはいけないのは、過去の失敗を忘れない。
二度と同じ失敗をしないように忘れない。
それだけで十分だと思う。


夜の明けない朝は来ない、その朝からまた新しい今日が始まっていく。
そして、人はいつ訪れるか分からない寿命を迎える。
それでいいと心から思う。


多分ずっと、そうやっていままで生きてきた。
だから時には病気を恨むことがあっても、腐ることがあっても、まだ前を向いて頑張るんだと思う。
ほらね、今夜明けの会話をする鳥たちがチュンチュン鳴きだした。
朝が来た。今日が始まった。

私は寝たらあの世、目覚めたらこの世だと思ってる。
寝てる時は、体温が低体温になってある程度仮死状態なんだし、細胞は生きていても体も意識もないのと同じ状態だからだ。

まだ寝ていないから、私にとっては 『今日』 なんだが、世の中の時間は今日が始まっている。
今から寝て、何時間後に起きたら私の明日が始まる。
せめて鳥が鳴きだす前に寝たいと思って努力してる。
そうしないと私の今日と世の中の今日がズレてしまう。
それが嫌だから。


今日寝て、今日起きるのはやっぱり、スキじゃない。

2011年5月7日土曜日

究境涅槃三世諸佛依

突き詰めた境地に至って見える事は、
過去、現在、未来のあらゆるものからすべては成り立ち、
自らも何故か知ることは死ぬ時になってもなく、
この世のすべてのものは、ただ在るものなのだ。
何故そこに樹が在り、何故そこに空が在り、
そんなことを問うても答えはなく
己に見えるから、聞こえるから、感じるから在ると思うだけで
それこそが五感なのだ。


これが私の般若心経から感じた事だ。

私は何の宗教家でもなければ、信者でもないがずっと子供の頃から写経を書いている。


これは私のベッドの枕元というのか、頭の上の壁に自分で書いたものだ。
74cm×154cmのダンボールにジェッソを塗り、書道の道具で一気に書き上げた作品。
私はずっと眺めて読んでみる。
毎日毎日、読んでは考え、自分に問うてみる。


答えは、『ただ在る』 それだけのことだ。

2011年5月1日日曜日

生きる意味

私がただ生きているだけで、子供たちに 『家庭』 を与えてあげられる。
私がただ生きているだけで、子供たちに 『帰る自分の家』 を与えてあげられる。
私がただ生きているだけで、子供たちに 『たまにはぐうたらもいいじゃないか』 を与えてあげられる。
私がただ生きているだけで、子供たちに 『困った時の大人の知恵』 を与えてあげられる。

そうやって答えを見つけたのは、
玄関に置いてある通学用の靴を見た時だ。