ふと気付けば、確定診断されてからもう20年が過ぎようとしている。
未だに解明されない原因と症状、それとこれから先に起こり得るであろう症状。
私は発症から計算すれば、29年。現年齢の半生に等しい。
いい加減自分を受け入れられるようになり、何が必要で、何が大切なのか
そして何を省かなければいけないのか熟知していると言っても過言ではない。
しかし人生に於いてはまだ発展途上で未熟。
それは人並みだ。
児童心理学から社会学、哲学、発達学とヒトに関する問題を今もなお勉強しているが
それにも勝って薬学と医学は理論的に解釈しやすい。
昔、若い頃に『精神と体は連動している』と、よく言っていた。
やはりヒトがチンパンジーと違う所は、理屈や理論で物事を解釈したがる点だ。
『正しさ』を見つけようとするには、価値観の一理を見出すことだろう。
自己主義も利己主義も必ず、『それなり』の正しさを主張する。
子供を未熟だと思い込んではいけない。
大人を完全体だと思い上がってはいけない。
ヒトは死ぬまで未完成のまま、手探りで生きているのだから。
ある程度の年齢に達した時からヒトは大体の予測的観念で物事に応対する。
それは固体差無く、ある経験値から選択性になるからだ。
ただそれだけなのだ。
いくつになっても大人気ないのが性分と思う。
心理学や哲学などは未だに古き偉人が唱えた説を
論証しようと探しているが、時代と共にすべての価値観が変化している事を忘れてはいけない。
学問を学ぶ上で最も大切なのは鵜呑みにしないことだ。
一体、正しさをどう伝え、捉えるのか?
私にはまだ答えがわからない。
死にたくなるほど、殺してしまいたくなるほどの問題にぶつかった時
その選択肢を捨て、自分の良心に従えばいい。
私はそう思った。
ヒトは理屈では生きていない。
行き詰った時、ヒトは言葉を失う。
それが理屈では生きていない証拠だと私は感じたのだ。
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