2012年7月20日金曜日

何も解らない

疲れや痛みがひどくなってから、記憶力も思考力も判断力もすごく悪くなっている。

自分がどうしたいのか、どう答えれば良いのか、何を選べば良いのか
何も解らない。
支離滅裂。

それなのに、片付けや掃除、模様替えばかりしている。
最初は理由が理解出来ず、動くのが辛く、起き上がれないと思いながらも 『起きなきゃ』 とやっとの思いでベッドに腰掛ける状態なのに、どうして私は一日中動き回ってるんだろうと考えてた。


やっと気付いた。
自分の頭の中が整理できないから、身の回りだけでもきちんと整理整頓したい
そんな強い思いが私を動かしているんだ。

それでも、やっても、やっても、止まらない。終わらない。

具合の悪さで寝込むのが、大嫌い。
何も出来ないで一日が終わってしまうのが、大嫌い。
だから、何か一つでも人並みに仕事をしたと思って、寝たい。
それが今までと、現在の私そのものだ。



でも、躁転なんかじゃない。
脳の思考が支離滅裂でまとまらないから、行動も支離滅裂になっている。
確かに、家の中を片付けるのは、やりっぱなしで片付いていないからやるだけ。
模様替えをしたのは、ゆっくり休める場所を作りたかったから、やっただけ。
それなりに理由があるからやっただけなのだが、限度を超えていると思う。


明日は寝てよう。
そう思っても目が覚めてしまう、起きても、また寝ていたいくらい具合が悪い。
でも3時間ぐらい経って、朝の薬を飲むための水を注ぎにやっと行って戻ってきたら、動き出してしまう。
お陰で全身筋肉痛や関節痛が起きているのに、その痛みすら、もう今では感じなくなってしまった。


何も感じない。
つらい
痛い
だるい
暑い、寒いの温度
お腹が空く
何も感じない。


自分で自分が解らなくなった。
何をどうしたいのか?
何をどう感じているのか?
何も解らない。


いつ、誰と、何を話したのか?や、自分が何をしようと思ったのか覚えていられない。
過ぎていく時間の感覚も解らない。
母と電話で話していて、『もう○○時間も話してるから切ろうか』 と言われて、「ああ、そうなのか」 と思うだけで、実感がない。

まるで、DIHSの時、プレドニンのパルス療法を受けた時の様な感覚だ。
動ける筈がないのに、一日中動き回って、歩けなくなるまで自覚できなかった、あの時と同じだ。
そして、憂鬱感がすごく強くある。
ただ唯一解るのが、疲れたって事だけ。
何もかもに疲れて、身体も疲れている事しか理解出来ない。
あの時と同じだ。
苛々して、疲れていて、一日中本当は横になって居たくて仕方がないのに、何もコントロール出来ない。




食べなきゃいけないのに、食べようと思わない。
子どもに食べさせなきゃと思うから、自分も食べる。
でも体重は大して増えない。
何かが壊れている。

病気が治ったからなら、それでいい。
治ったのなら、真っ先に仕事をする。
現に毎日、仕事をしようとしている。
今から半年、このまま動いていて何の支障も出なければ、治ったと云う事で、本腰を入れて仕事を健常者と同じ様にしようと思う。
本心は、今からすぐにでも、そうしようと、そうしたいと思っている。
でも、こんな事は一時的な状態に過ぎない事を私は覚えている。

たったの一ヶ月や二ヶ月、動けてもその後また寝込んで、子どもに面倒を診て貰って何ヶ月間も負担を強いての繰り返しだったのだから、確信が持てるまでは様子を見るしかない。



何日か前、娘に 「もう、つらいのも誤魔化して時間稼ぎしているのも嫌だ。好きな事だけしていたい」 と泣いた。
でも、その好きな事が何なのかも解らなければ、やりたい事も解らない。
ただ、やりたいのは当たり前の事ばかりだが、本腰を入れてやりたい事だけは解っている。
きっと、そんなことは到底出来ず、到達する事すら出来ない。
それが証拠に毎日通う事自体が不可能だ。


慢性疲労症候群と線維筋痛症を発症し、確定診断された時の日記を見つけ、読み返した。
私が現在、思っていること、やっていること、悩んでいること、すべて同じ文章だった。
こんなに悪くなるとは知らなかった時の自分。
そして知った自分。
目指す事に到達出来ないと解っているのも当然だ。
『赤ちゃんが生まれたら』 や 『今はまだ赤ちゃんを作るのは無理』
そんな文章に驚いた。

そんなに長い月日が経っていたんだ。
ずっと慢性疲労症候群で線維筋痛症で、訳も解らず、ただひたすら生きてきただけで、あれから何年経過していたのかも実感がなかったから。



失認、失行。そのもの。
子どもたちが、すごく不安がって、戸惑っているのが分かる。
言葉にも態度にも出さないように、私を不安がらせないようにしているのがよく分かる。

平静を装い、今まで見た事もないような元気そうな私の動きと、明らかに具合が悪そうな私の姿に怯えているのが手に取るように解る。
それでも、止まらない私。
だから、子どもを近づけないようにして、自分の好きなようにして良いよと言っている。


もうダメかな。

2012年7月10日火曜日

通院しようと思えない、思わない心境の変化

慢性疲労症候群、線維筋痛症になって、この30年間で初めて通院しようと思わなくなった。
どうしても体調が悪く、起き上がれず受診予約日に行けないことはよくある。
そんな時は、電話して予約を取り直し改めて通院する様にして来た。

大学病院では、2~3ヶ月に一度か状態に応じて1ヶ月に一度のペース。
専門主治医と精神科は、1ヶ月に一度が定例だ。
ましてや精神科は30日分の処方が限界のため、必然的にそのようになるし、途中で状態が悪くなっても予約日までは受診出来ない体制を採っている。


内科で処方される薬は、行けなかった時のために余裕を持って出されるが、精神科は大型連休や年末年始のみ5週間分まで出して貰えるが、それ以上は大量服用の危険性や依存性を加味し処方されない。
だから、どんなに体調が悪くても予約日には何としても行かなければ、薬が足りなくなってしまうため、這ってでも行かなければならない。
頼める家族が居る場合には、代理受診として薬を貰ってきて貰えるが、居なければ諦めるしかない。


いま私は、増悪状態で動けない。
先日、精神科の予約日で何とか時間に多少遅れても良いから行かねばと、這い上がり途中まで行ったが、貧血と脱水症を起こし、気力がなくなってしまった。
すぐ病院に電話して、「今向かっている途中なんですが倒れてしまって行けそうにないんで」 と、とりあえず連絡だけは入れなければと思い話をした。
受付の方が 『では、予約を取り直しましょうね』 と言って下さったので、「薬が明日までしかもうないんですが、明日すぐの状態で予約取れますか?無理ですよね?」 と聞くと、『大丈夫です、取れますよ。では○○時でお取りしておきます。』 と初めて一週間後ならとかではない、敏速な対応をして貰った。
この初診から何年間で、初めての出来事に驚いた。

しかし、翌日起き上がることも電話することも出来なかった。

昔の私なら、翌日にでも事情を説明してお詫びし、再予約をお願いしていた。


しかし、連絡もしない。行かねばとも思わない。
薬がなくなっても、何とも思わない。


随分前から行きたくないと前日に愚痴をこぼしていた。
その本意は 『疲れるから』 と 『説明するのが面倒くさい』 だった。
相変わらずが続く中で、マイナス方向のグラフの大差ない上がり下がりを説明しても、何も埒が明かず、対処も出来ない事に嫌気と無駄を感じていたからだ。
それは、通院している病院全部に対してだ。

ところが、今回は内科は勿論だが特に精神科に行く気が起きない。

どんなにつらいと説明しても、『あなたは自分で対処できるから大丈夫』 と言われてばかりで、処方も変えようとして貰えない、しかも専門主治医が入院の必要ありと紹介状を書いても、対応しようとしない。
この5ヶ月間で食事をまったくしなくなり、10kg減った。
今までで初めて、一番体重が落ちた時の数字を遥かに超えて減った。
生まれて初めて、成人してから見る数字だ。
それを食べなくなりだしてから1年以上、説明してきて、この5ヶ月間訴え続け、その上内科から早急に対処の紹介状が出されても、『大丈夫』 とされた。
結果、寝込んでいる。


だから、もう行きたくない。
どんなに訴えても対処してもらえず、私を過信しているのか間接的に受診拒否しているのかは知らないが、過信しているとずっと思っていた。
何を話しても無駄。
行っても無駄。
それなら、もう薬も要らない。



自然に死ぬのを待っていれば良いと、思う。

誤魔化し、まやかしの治療。
時間稼ぎの人生。

最期の時間、私の望む 『当たり前のことを当たり前にやる』 生活をして、やり残している好きな事をやりたい。
本当に心から、そう思う。

だから、もう病院には行かない。

何も未練はない。