2012年3月9日金曜日

生きる目標が短くなってきた

最近、生きる目標の日にちが短くなってきた。

人は、10代、20代の頃は5年、10年単位で目標を決めたり、振り返ってみたりする。
しかし、私は10年前を思い出すには少し遠く、5年前では短すぎるような気がする。
目標は、5年後や10年後に定めるのは不可能で、想像も付かず、予定も立てられない。
せいぜい長くて1ヶ月、一日を生きるので精一杯の私が立てる目標は、あと一日、後二日そんな感じだ。


無理だといって何もしなければ、それも一日。
でも、それが嫌でやり残したくない。
だから、やろうと思ったことや、やりたいと思ったことは、後から後悔したとしても構わないという思いが更に強くなった。

本当に破滅するかもしれない。
そんな大それた行動を起こす訳ではないが、生活の安定や淡々としたリズムを崩すような問題が起きても構わない。


明日終わっても悔いが無いようにしようと、してる。

そんな自分がよく解かる。

嫌だと思えば、遮断する。
電話が嫌いだから、嫌な相手からの電話を着信拒否にする。
またほとんど、音を消音にして、気が向いた時に確認して、必要だと自分が思えば掛け直す。
会いたくない、話したくない、行きたくないと思えば、断る。

随分、自分の意思に忠実になった。

別に自己中心的でわがままなことをしてるのではなく、やるべき優先順位を厳選して選択してると云った方が具体的だ。


関わりあいたくなければ、無視する。




私がいま、成すべき事は唯一つ。
娘のために親としてやらなければいけないこと。

それと、自分が研究している事を残そうと必死で書き溜めている。



あとは、何もなく、ただ当たり前のことを当たり前にやる生活だけだ。
私には今日しかない。
すべてのチャンスは今日しかない。

何もかも、一期一会。
もう、それだけで十分。それだけでいい。

そして、昨日やっと卒業式を迎えた。
あとは、4月の入学式が無事迎えられたら、一区切りだ。

自分の道は、自分で開き、掴むしかない。
私はずっと、一人でここまで生きてきた。
支えも、頼りもなく、一人でやってきた。


人は一人では生きられないとは言うが、誰も彼もが本来、自分のことで精一杯であり、人のことなんか構ってる余裕は無いものだ。
助けが本当に必要な時、崩れそうな時、私に手を差し伸べる人間は誰も居なかった。


だから、今更頼ったり、甘えたりする方法も知らなければ、不必要。

最低限の人間関係と、必要なものだけでいい。

もう、何も要らない。

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