慢性疲労症候群(CFS)線維筋痛症(FMS)ケース1としての実態。日々感じる出来事の日記のようなもの このブログは白色バックライトの視覚刺激に配慮し白黒反転のデザインを施しています
2013年9月14日土曜日
重症化と長期化した慢性疲労症候群
慢性疲労症候群は確定診断を下すのに、非常に細心の臨床と検査を必要とする。
それは精神的なものから来る疲労感なのか、生活上の問題点から来る慢性疲労なのか、また他の病気によって起きている症状なのか、定義付け可能な指標が曖昧であるからだ。
しかし除外診断を用いても、別の疾患後に引き起こされたであろう慢性疲労症候群を考える研究者も居る。
私がこの確定診断を受けるまでに辿った病状、確定され重症化と長期化した現在までの症状はまるで方程式の答えがすべて ”慢性疲労症候群” へと繋がっていることを知った。
サイトメガロウィルス感染症について調べていたところ、それは日本人のほぼ全員が抗体を持っているが初感染や活性化、再活性化することはあまりなく、初感染は胎内あるいは出産時の胎盤臍帯血などによって感染するものだということだった。
感染後の症状は、乳幼児では不顕性かもしくは日和見感染によって、難聴や発達障害などの症状によって発見される場合がある。
要するに、殆どの人が感染しキャリアーでありながら発症するのは特定の限られた条件下の人しか居らず、その所以はレトロウィルスであり、誰もがバランス的に持ち合わせている常在菌であるのと同じ意味だと解釈できる。
特に悪さをする物ではなく、共生しているバクテリアのようなもの。
しかし、一旦爆発的な活性化が起きると体のあらゆる機能を侵害してしまう。
慢性疲労症候群の確定診断を受けた時のカルテに、サイトメガロウィルス、HHV-6、HHV-7、EBVの高値が認められたと書いてあった。
幼児期から中耳炎を度々患い、外耳道炎になりやすかった私は5回も聴覚検査を受けたことがある。
結果は難聴ではないが、正常値と異常値を波打つようなラインで聞える音と聞えない音の狭間にあるということだった。
ジアノッティ様症状や皮膚病はずっと続き、今では安全と言われる赤ん坊や老人に使用可能な薬剤でも薬疹を起こし、今まで続いてきた症状に次々と上乗せをして行くかのようにあらゆる症状や機能障害が増えていく。
これを進行性と云わずして、何だと表現するのか考える。
バイオマーカーや検査法が確立されていない為に、何も立証や確証を得る術はないだろうが、私の生まれてから現在までの記憶を辿ると先天性や遺伝性は納得出来る材料が沢山ある。
今回、家族内遺伝性の慢性疲労症候群と診断された長女が、まさか薬疹になる筈もないと誰もが思う薬を一回使用しただけで、全身発赤と蕁麻疹、アナフィラキシー様ショックを起こし薬疹と判明した。
それは嫌気細菌感染を治療するための薬剤。クロラムフェニコールだった。
何故、こうも体質が似ているのだろう。
私は認知機能障害のために出されたヨクカンサンという漢方薬で薬疹を起こした。
いま、私には記憶していられない症状がかなりひどくある。
食事をした記憶や感覚がなく、食べたことを覚えていない。
話した内容や時間、場所などの記憶が前後して、教えて貰わなければ思い出せない。
感情もよく実感できず、瞬間的な時間の空間でしか喜怒哀楽が受け止められず、自己認識が非常に曖昧で、自分がどうしたいのか、どう感じているのかまったく分からない。
それが原因で疲れた、眠たい、痛い、嫌だ、そういった感覚がぼんやりとしか理解できないで居る。
若年性アルツハイマー型認知症や老人性の認知症の人たちの気持ちや感覚が、手に取るように理解出来る。
若年性アルハイマー型認知症の人は、突然記憶や行動が今までの自分のように出来ない、思うようにならないことなどで発見されるが、ゆっくりとしたスピードで日を追う毎に失われていく脳機能に言いようのない不安に襲われる。
昨日の自分は、もう今日にはない。明日は何を失っているのだろう、いつ自分が自分でなくなってしまうのか自覚することも出来ないまま何も認識出来なくなることへの恐怖感。
私も同じだ。
症状や薬剤、体調の予測がつかないまま、約束も守れず突然襲われる訳の分からない自分。
そんなことは、こどもの時からだったから何気なく適応できる術を考えながら生きてきたが、成人して親になると、無責任と思われてしまうから病気を隠し、忘れない為にメモをいつも持っている。
残念だが実の所、何も覚えていられなくなった。
何度も何度も手帳やスケジュールを確認し、日記を読み返し、自分の記憶を辿る作業は毎日、一日何回も行っている。
誰の目にも触れない処で。
安らげない神経は、これが原因だ。
人と関わるのが怖くなったのは、いつ、誰と、何処で、何を、どのように会話や行動をしたのか、印象があまりなく記憶が曖昧だからだ。
その人は何を伝えてきたのか?
何故そんなことを何気なく言ってきたのか?
自分はその時、何を感じたのか?
理解できるのは争うような会話や出来事だが、それも時が経ってしまうと忘れている。
だから敵や味方の見分けが着かない。
その何気ないと思われる向けられた優しさは真実なの?
その態度は私の目に映った姿に間違いはないの?
何も分からなくなっていく。
それは精神的なものから来る疲労感なのか、生活上の問題点から来る慢性疲労なのか、また他の病気によって起きている症状なのか、定義付け可能な指標が曖昧であるからだ。
しかし除外診断を用いても、別の疾患後に引き起こされたであろう慢性疲労症候群を考える研究者も居る。
私がこの確定診断を受けるまでに辿った病状、確定され重症化と長期化した現在までの症状はまるで方程式の答えがすべて ”慢性疲労症候群” へと繋がっていることを知った。
サイトメガロウィルス感染症について調べていたところ、それは日本人のほぼ全員が抗体を持っているが初感染や活性化、再活性化することはあまりなく、初感染は胎内あるいは出産時の胎盤臍帯血などによって感染するものだということだった。
感染後の症状は、乳幼児では不顕性かもしくは日和見感染によって、難聴や発達障害などの症状によって発見される場合がある。
要するに、殆どの人が感染しキャリアーでありながら発症するのは特定の限られた条件下の人しか居らず、その所以はレトロウィルスであり、誰もがバランス的に持ち合わせている常在菌であるのと同じ意味だと解釈できる。
特に悪さをする物ではなく、共生しているバクテリアのようなもの。
しかし、一旦爆発的な活性化が起きると体のあらゆる機能を侵害してしまう。
慢性疲労症候群の確定診断を受けた時のカルテに、サイトメガロウィルス、HHV-6、HHV-7、EBVの高値が認められたと書いてあった。
幼児期から中耳炎を度々患い、外耳道炎になりやすかった私は5回も聴覚検査を受けたことがある。
結果は難聴ではないが、正常値と異常値を波打つようなラインで聞える音と聞えない音の狭間にあるということだった。
ジアノッティ様症状や皮膚病はずっと続き、今では安全と言われる赤ん坊や老人に使用可能な薬剤でも薬疹を起こし、今まで続いてきた症状に次々と上乗せをして行くかのようにあらゆる症状や機能障害が増えていく。
これを進行性と云わずして、何だと表現するのか考える。
バイオマーカーや検査法が確立されていない為に、何も立証や確証を得る術はないだろうが、私の生まれてから現在までの記憶を辿ると先天性や遺伝性は納得出来る材料が沢山ある。
今回、家族内遺伝性の慢性疲労症候群と診断された長女が、まさか薬疹になる筈もないと誰もが思う薬を一回使用しただけで、全身発赤と蕁麻疹、アナフィラキシー様ショックを起こし薬疹と判明した。
それは嫌気細菌感染を治療するための薬剤。クロラムフェニコールだった。
何故、こうも体質が似ているのだろう。
私は認知機能障害のために出されたヨクカンサンという漢方薬で薬疹を起こした。
いま、私には記憶していられない症状がかなりひどくある。
食事をした記憶や感覚がなく、食べたことを覚えていない。
話した内容や時間、場所などの記憶が前後して、教えて貰わなければ思い出せない。
感情もよく実感できず、瞬間的な時間の空間でしか喜怒哀楽が受け止められず、自己認識が非常に曖昧で、自分がどうしたいのか、どう感じているのかまったく分からない。
それが原因で疲れた、眠たい、痛い、嫌だ、そういった感覚がぼんやりとしか理解できないで居る。
若年性アルツハイマー型認知症や老人性の認知症の人たちの気持ちや感覚が、手に取るように理解出来る。
若年性アルハイマー型認知症の人は、突然記憶や行動が今までの自分のように出来ない、思うようにならないことなどで発見されるが、ゆっくりとしたスピードで日を追う毎に失われていく脳機能に言いようのない不安に襲われる。
昨日の自分は、もう今日にはない。明日は何を失っているのだろう、いつ自分が自分でなくなってしまうのか自覚することも出来ないまま何も認識出来なくなることへの恐怖感。
私も同じだ。
症状や薬剤、体調の予測がつかないまま、約束も守れず突然襲われる訳の分からない自分。
そんなことは、こどもの時からだったから何気なく適応できる術を考えながら生きてきたが、成人して親になると、無責任と思われてしまうから病気を隠し、忘れない為にメモをいつも持っている。
残念だが実の所、何も覚えていられなくなった。
何度も何度も手帳やスケジュールを確認し、日記を読み返し、自分の記憶を辿る作業は毎日、一日何回も行っている。
誰の目にも触れない処で。
安らげない神経は、これが原因だ。
人と関わるのが怖くなったのは、いつ、誰と、何処で、何を、どのように会話や行動をしたのか、印象があまりなく記憶が曖昧だからだ。
その人は何を伝えてきたのか?
何故そんなことを何気なく言ってきたのか?
自分はその時、何を感じたのか?
理解できるのは争うような会話や出来事だが、それも時が経ってしまうと忘れている。
だから敵や味方の見分けが着かない。
その何気ないと思われる向けられた優しさは真実なの?
その態度は私の目に映った姿に間違いはないの?
何も分からなくなっていく。
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