うんざりと、やけになりつつも私は思う。
いつまで待っても治りもせず、悪化する一方の生活を送ってきたが、今やれることを精一杯やろうとしてきた。
長女はとても臆病な性格から、私のことが心配で気が休まっていない。
次女は同じように気が休まらないながらも、とても前向きで私に不可能なことを自分がひとつでも実現しようと努力している。
私の望むことは、私に叶わなかった事を子供たちを代替者として叶えていくことではない。
次女のように、自分なりの道を見つけながら、『お母さんとは違って自分にはこんな可能性がある』ことを見つけて欲しいのだ。
作業の難しいことに対して、ちょっと手を貸して欲しいと思うことはあるが、手足になってまるでクローンのようになって欲しいとは決して思っていない。
それは、私自身が自力でやれる実感(達成感)を望んでいるからだ。
だから、やけになればなるほど、私は当たり前のことを当たり前にやろうとする。
世間の誰もが躊躇することなく、当然のようにやっている日常生活を目指す。
病人を過保護にしてはいけない。
生きる気力や自信をなくさせてしまうから。
ただ、無理をさせてもいけないし、放置してしまえば孤独感を味あわせる結果になる。
だから厄介なんだ。
やけになると、日常会話もどことなく刺々しくなって、些細なことで気持ちがすれ違い、傷つけ合ってしまう。
そんな時、悪い言葉を吐かないように努力する。
たとえば、「嫌い」とか「悪い」といった言葉を「好きじゃない」や「よくない」という言い方に替える。
そうやって優しい言葉で会話することによって、尖る気持ちが和らぐものだ。
言っている内容が同じだったとしても、相手に伝わる印象が柔らかい形になる。
喧嘩なんて、言葉の暴力であって、それはただ物を投げつけていないだけで心には突き刺さるものが多い。
具合の悪い時に、突き刺すような言葉や一方的な言い分を自分の思いに任せて言われると、憂鬱な気持ちや体調に追い討ちを掛ける。
結局、それでも頑張ろうと思い起こした気持ちは、一瞬で消え去り、何もかもどうでもいいと思ってしまう。
努力はいつでも一瞬で水の泡になる。
仕方ないじゃん、どうして病気になったのか解らないんだから。
仕方ないじゃん、こんなことになるなんて解らないんだから。
責めないで。
満足に親の義務を真っ当して来られなかったかもしれないけど。
私さえ、こんな結果が待っていると知っていたら、生まなかったし、結婚もしなかったし。
私は生まれてこなければ良かったと母に言ったことがある。
こんなに苦しい人生が運命なら、その運命を自分で止めたいと言った。
責められるのも、うんざり。
もっと他の友達のお母さんみたいにとか、普通の家ならとか、他と比較されると何も言えない。
だって、私はフツーじゃないから。
『今度の連休、どっか行く?』とか
『ディズニーランド行こうか?』とか
『夏休みになったら何しようか?』
そんな会話出来ないもん。
『死ぬまでにやってみたいことリスト』ねえ。
私は当たり前のことを当たり前にやれる人になりたい。
たった、それだけ。
自分のことを自分できちんと出来る人になりなさい。
私はこどもたちに小さい時から、そう教えてきた。
それは、もし病気になって、誰かが居なければ生きていけないようでは困るし、
伴侶が倒れたり、死んだり、別れたりして居なくなってしまっても、自立した精神で生きられる人になって欲しいから。
一生に一度やってみたいことは、ほとんどやった。
アメ車で娘に運転してもらって通院するのが夢だ。
くだらないかもしれなくても、つらい生活の中でも、そんなゆったりした通院がしてみたい。
儚い。
慢性疲労症候群(CFS)線維筋痛症(FMS)ケース1としての実態。日々感じる出来事の日記のようなもの このブログは白色バックライトの視覚刺激に配慮し白黒反転のデザインを施しています
2011年11月17日木曜日
うんざり
小さい頃からアレルギー体質だった。
2009年に重症薬疹DIHSを患ってから、色々な薬に当たる率が高くなってしまった。
よくよく考えると、それ以来治療→完治→発症→治療→完治→発症で一年中薬疹を起こしている。
ある程度の原因薬剤は特定できたものの、何が原因でアレルギー反応が起きているのか不明。
稀にみる特異体質ということで、次に重症化した場合、確実に命に関わることになるそうだ。
今現在、まさに薬疹中だが治療は出来ない。
結局、毒素が抜けるまで抗アレルギー剤(これで薬疹は起きていない)と各種塗り薬で対処療法をしているだけだ。
慢性疲労症候群では、抵抗力や免疫力の低下が言われているが、風邪を引きやすい体質とは限らない。
私は小さい頃から家族も季節性風邪はあまり引かない。
インフルエンザの経験が引き金で慢性疲労症候群になった。
2年くらい前に新型インフルエンザで、もれなく家族全員リレンザを使用した。
ニュースでリレンザの副作用が問題視されたが、ふと長女が「お母さん、すっごいイライラする!」と言ってきて、私もほぼ同時期に「やっぱり?そうだよねぇ、理由もないのにイライラするよね!」という症状で服用中止になった。
その時は薬疹は起きなかったが、私はアセトアミノフェンでひどい薬疹になる。なっている最中だ。
風邪薬や一般で売られているドリンク剤の殆どにアセトアミノフェンが含まれているため使用できない。
たった5mgでひどい症状が起きるのだが、市販薬では300mgも含まれている。
こんなに薬疹で体調の浮き沈みを強いられて、訳の解らないだるさや痛み、動きにくい手足、線維筋痛症の痛み、それで憂鬱にならない訳がない。
前向きにって考えろと言われても、年がら年中対処ばっかさせられて、いい加減うんざりだ。
何も、事が先に進まず、発展的で建設的な生活が出来ず、闘病ばっかり。
「これが治ったら」
それはいつなんだろう。
こんなに通院ばっかりで、新しい症状が出て、寝込んで、動けるようになったと思ったら、また薬疹が出て、それで痛くなって、だるくなって、また寝込んで、病気に振り回されてばっかり。
そんな、うんざりする思いで10代から今まで生きてきてる想いが誰に想像できるだろうか。
見た目が元気そうだから?
もう、うんざり。
自分にも病気にも何もかも、うんざり。
精神的なものと疑っている医者は多いのだが、死にもしない、生きてるとも言えない、そんな思いをずっとさせられて、精神的にまいらない訳がない。
医者はもっと、よく考えるべきだ。
科学的に直接的な死因にはならないからと言っていないで、慢性疲労症候群や線維筋痛症の症状に永く晒されて、二次的な死因になるということを。
病気なのに特異体質で命と引き換えに薬を使う訳にいかず、苦しみに一人、毎日耐える患者の苦痛。
寝るのも座るのも歩くのも、痛みや麻痺でどうしようもないこの状態に、気の休まる日はない。
私が、この頃感じるのは、
「気が休まらない」 ことだ。
抗うつ剤も使えず、気が楽になることがない。
おまけに、アルコールも飲めなくなって、気を紛らわす手段はぼーっと天井を見ることだけ。
だから、前にがん患者が使う麻薬パッチが欲しいって言ったのに。
ようやくトラムセットという薬が承認されて、使ったら薬疹になった。
せっかく効いたのに、アセトアミノフェンに当たったから使えなくなった。
トラマドール単体では、診断名が対象外で使えないんだろう。
次こそは、と開発を待っている専門医も患者も多い中、次々と当たる私は…。
絶望
失望
時間稼ぎ
こどものために居てあげなきゃ。
老後どうなっているのかなんて、夢みたいな話で想像するのも嫌だ。
どうせ、同じことの繰り返しをしているだけだから。
それにしても、こどもたちは、いつ、どうなるのか解らない私と一緒に居て、それこそ気の休まらない日常を過ごしている。
その心理はひどい不安感だろう。
私みたいな持病持ちは家族を不幸にする。
2009年に重症薬疹DIHSを患ってから、色々な薬に当たる率が高くなってしまった。
よくよく考えると、それ以来治療→完治→発症→治療→完治→発症で一年中薬疹を起こしている。
ある程度の原因薬剤は特定できたものの、何が原因でアレルギー反応が起きているのか不明。
稀にみる特異体質ということで、次に重症化した場合、確実に命に関わることになるそうだ。
今現在、まさに薬疹中だが治療は出来ない。
結局、毒素が抜けるまで抗アレルギー剤(これで薬疹は起きていない)と各種塗り薬で対処療法をしているだけだ。
慢性疲労症候群では、抵抗力や免疫力の低下が言われているが、風邪を引きやすい体質とは限らない。
私は小さい頃から家族も季節性風邪はあまり引かない。
インフルエンザの経験が引き金で慢性疲労症候群になった。
2年くらい前に新型インフルエンザで、もれなく家族全員リレンザを使用した。
ニュースでリレンザの副作用が問題視されたが、ふと長女が「お母さん、すっごいイライラする!」と言ってきて、私もほぼ同時期に「やっぱり?そうだよねぇ、理由もないのにイライラするよね!」という症状で服用中止になった。
その時は薬疹は起きなかったが、私はアセトアミノフェンでひどい薬疹になる。なっている最中だ。
風邪薬や一般で売られているドリンク剤の殆どにアセトアミノフェンが含まれているため使用できない。
たった5mgでひどい症状が起きるのだが、市販薬では300mgも含まれている。
こんなに薬疹で体調の浮き沈みを強いられて、訳の解らないだるさや痛み、動きにくい手足、線維筋痛症の痛み、それで憂鬱にならない訳がない。
前向きにって考えろと言われても、年がら年中対処ばっかさせられて、いい加減うんざりだ。
何も、事が先に進まず、発展的で建設的な生活が出来ず、闘病ばっかり。
「これが治ったら」
それはいつなんだろう。
こんなに通院ばっかりで、新しい症状が出て、寝込んで、動けるようになったと思ったら、また薬疹が出て、それで痛くなって、だるくなって、また寝込んで、病気に振り回されてばっかり。
そんな、うんざりする思いで10代から今まで生きてきてる想いが誰に想像できるだろうか。
見た目が元気そうだから?
もう、うんざり。
自分にも病気にも何もかも、うんざり。
精神的なものと疑っている医者は多いのだが、死にもしない、生きてるとも言えない、そんな思いをずっとさせられて、精神的にまいらない訳がない。
医者はもっと、よく考えるべきだ。
科学的に直接的な死因にはならないからと言っていないで、慢性疲労症候群や線維筋痛症の症状に永く晒されて、二次的な死因になるということを。
病気なのに特異体質で命と引き換えに薬を使う訳にいかず、苦しみに一人、毎日耐える患者の苦痛。
寝るのも座るのも歩くのも、痛みや麻痺でどうしようもないこの状態に、気の休まる日はない。
私が、この頃感じるのは、
「気が休まらない」 ことだ。
抗うつ剤も使えず、気が楽になることがない。
おまけに、アルコールも飲めなくなって、気を紛らわす手段はぼーっと天井を見ることだけ。
だから、前にがん患者が使う麻薬パッチが欲しいって言ったのに。
ようやくトラムセットという薬が承認されて、使ったら薬疹になった。
せっかく効いたのに、アセトアミノフェンに当たったから使えなくなった。
トラマドール単体では、診断名が対象外で使えないんだろう。
次こそは、と開発を待っている専門医も患者も多い中、次々と当たる私は…。
絶望
失望
時間稼ぎ
こどものために居てあげなきゃ。
老後どうなっているのかなんて、夢みたいな話で想像するのも嫌だ。
どうせ、同じことの繰り返しをしているだけだから。
それにしても、こどもたちは、いつ、どうなるのか解らない私と一緒に居て、それこそ気の休まらない日常を過ごしている。
その心理はひどい不安感だろう。
私みたいな持病持ちは家族を不幸にする。
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